コスモ・ネットレ ブログ「徒然なるままに」
2026年1月14日【聖地巡礼】小泉八雲が愛した松江
大阪ネットサポートセンター 高橋
みなさん、こんにちは!大阪ネットサポートセンターの高橋です。
今、NHKの朝ドラ『ばけばけ』のモデルとして、
改めて注目を集めている人物「小泉八雲(こいずみ・やくも)」。
今回は、八雲のドラマチックな生涯をまとめてみました。
1. ギリシャから日本へ。波乱に満ちた「さすらいの人生」
小泉八雲の本名は、パトリック・ラフカディオ・ハーン。
1850年6月27日、イオニア諸島合衆国・レフカダ島(現在のギリシャ)で、アイルランド系の父とギリシャ人の母の間に生まれます。しかし、彼の幼少期は決して平坦なものではありませんでした。
●家族の離散: 2歳でダブリン(アイルランド)へ移住するも、母が精神を病み、6歳の時、両親が離婚。母は故郷へ帰り、父が再婚し、両親とは離れ離れに。大富豪の大叔母に引き取られ、13歳でフランスの神学校に移るも厳格なキリスト教の教えを強いられキリスト教嫌いになり、米国に帰国しカレッジに入学。
●不慮の事故: 16歳の時(1866年)、回転ブランコのロープの結び目があたり、視力を失う悲劇(左眼失明)。
●破産と放浪: 17歳(1867年)、大叔母が破産をきっかけに退学しロンドンへ。19歳(1869年)、移民船に乗り渡米。新天地を求めてアメリカへ渡った彼ですが、ホームレス同様。印刷屋に拾われ、印刷の技術を身につけます。その後、苦学の末に新聞記者として頭角を現し、ジャーナリストになります。34歳(1884年)ニューオリンズで開催された国際万博で官僚の服部一三に出会います。そして40歳(1890年)、運命に導かれるように、松江の中学校教師として日本に降り立ったのです。
*松江大橋のふもとにあかりが灯ったホテル(大橋館)がわかりますか?この場所に、小泉八雲が初めて泊まった富田旅館がありました。
2.妻・セツとの出会い。怪談に込めた日本への愛
松江で八雲は、士族の娘・住み込み女中の小泉節子と結婚します。1891年、八雲41歳、セツ23歳。今でいう年の差婚です。
現在放送中の朝ドラ『ばけばけ』でも描かれていますが、二人のエピソードはとてもロマンチックです。夜、暗闇の中でセツが語る「怪談」を、八雲はろうそくの灯を頼りに熱心に聴き入ったといいます。 「もっと聞かせてほしい」 そうねだるほど、彼は日本に眠る不思議な物語に魅了されました。あの名作『怪談』は、まさに夫婦二人三脚で生まれた愛の結晶でした。
同年、熊本、1894年神戸、1896年東京へ。1904年54歳死去。
過去のブログ https://www.iwaicosmo.net/report/post_53.html
3.八雲が愛した「神々の宿る場所・松江」
八雲は島根の風景を、「神々の宿る場所」として深く愛しました。
・荘厳な出雲大社
・夕日に輝く宍道湖
・街に響く、魚を売る威勢のいい声や米を搗(つ)く音
彼はこうした日常の音や風景の中に、日本文化の真髄(しんずい)を見出しました。
*松江市の中心地にある山陰合同銀行の本社と宍道湖大橋
おわりに
私は松江が大好きで、何度も足を運んでいますが、訪れるたびに「八雲がこの街に惚れ込んだ理由」がよくわかります。
夕日に染まる宍道湖、松江大橋、足立美術館、美保関灯台、玉造温泉、松江城。どの場所もとっても美しい。
ちなみに、松江城のふもとに弊社の松江支店もございます。
*宍道湖




