「マーケットの最前線」
2022年10月24日第319回「2022年のマクロ経済リスクマップ」石原順
石原順
マーケットの最前線
「2022年のマクロ経済リスクマップ」
2022年10月24日世界を取り巻くマクロ経済リスク
2022年はロシアによるウクライナ侵攻で幕を開けた。この紛争はエネルギー市場と食料品市場をかき乱し、世界で進行していたインフレをさらに加速させる結果となった。主要各国の中央銀行は上昇する物価を抑えようと金利の引き上げに動いている。目下、インフレと金利上昇は世界経済を取り巻く重要な懸念項目である。●2022年のマクロ経済リスクマップ
出所:ヴィジュアル・キャピタリスト
米生命保険大手傘下の資産運用会社、ニューヨーク・ライフ・インベストメンツの「Markets in a Minute」は、変化する経済情勢を背景に2022年における世界のマクロ経済リスクを指摘した。そのデータをもとにヴィジュアル・キャピタリストは「The Global Macroeconomic Risk Map in 2022(マップ化:2022年の国別、グローバルマクロ経済リスク)」をまとめた。記事によると、マクロ経済リスクは、投資家のポートフォリオや国内の企業評価に影響を与える可能性のある多くの外部リスク要因で、これらの要因は以下のカテゴリーに分けられるとしている。
経済リスク:債務、金融政策、経済構造
政治的リスク:制度の独立性、政策の有効性、権力の集中
構造的なビジネス環境 ビジネス環境:ビジネスのしやすさ、政策的枠組み商業リスク:短期的な需要の崩壊
金融リスク:資金調達が滞る債券市場のリスク1980年代、米国が金利を大幅に引き上げた後、多くの新興国はドル建ての債務支払額の増加により経済危機に陥った。そして10年後の1994年には、米国の金利上昇をきっかけにメキシコペソ危機が発生した。2013年にFRBがテーパリングを開始した際に、インド、インドネシア、ブラジルからの急激な資金流出を招く結果となった。
現在、米国は過去数十年で最も速いペースで金利を引き上げており、新興国経済は新たな圧力に直面している。同時に、社会不安が蔓延している。地政学的緊張が高まる中で、最もリスクが高い国として、アフガニスタン、アルバニア、アンゴラ、アルゼンチン、アルメニア、バングラデッシュ、バルバドス、ベラルーシ、ベリーズ、ボリビアを取り上げている。
アフガニスタンでは、タリバン政権が1周年を迎えた。アルゼンチンでは年率70%のインフレが進行しており、年末には100%まで上昇する可能性も指摘されている。
一方、マクロ経済リスクが低いと判断されているのは、サモア、アンドラ、豪州、オーストリア、ベルギー、バルミューダ、バージン諸島、カナダとされている。
台湾においては、強力な制度と安定した政治により、地政学リスクは相対的に高くはない。中国では習近平の3期目がスタートした。台湾への圧力を強めるのは必至と見られているが、中国が台湾を統治しようとする意図は、より強まり、より明確になる可能性がありそうだ。
一方、政治が混乱しているのは英国だ。トラス氏の後任にはスナク氏、あるいは出戻りでボリスジョンソン氏の名前が上がっている。英国国債の利回りはいったん落ち着いてはいるものの、ポンドの下落も含め、まだまだ不安定な状況だ。記事では、今後の地政学的リスクのトップ10をインパクトの高低、起きる確率の高低を元に、次の図にまとめている。
●世界の10大地政学リスク
出所:ヴィジュアル・キャピタリスト
ロシアが欧州へのガス供給を完全に停止するリスクは、特に2023年から2024年にかけて、ますます大きな課題となる可能性がある。今年、ロシアから欧州へのガス供給は半減し、エネルギー価格が過去最高を記録した。供給不足が深刻化すれば、世界の食糧難も加速されかねない。底流にゆっくりとしかし着実に流れているのが、脱グローバリズムの傾向だ。既に世界貿易の停滞が起きつつある他、国連の機能不全、またG20等の会合も全く機能していないこと等、世界の分断は避けられない流れとなっている。
テスラの成長投資は止まり、自社株買いに踏み切るのか?
電気自動車大手のテスラ(TSLA)が19日、2022年7~9月の決算を発表した。売上高は前年同期比56%増の214億5400万ドル(約3兆2000億円)と四半期ベースで過去最高を更新。また、歴史的なインフレに伴う原材料等のコスト増を強気の値上げで吸収し、純利益は32億9200万ドルと約2倍に伸びた。●テスラの売上高と純利益の推移
出所:決算資料より筆者作成
●テスラ(日足)
出所:パンローリングカスタムチャート
一見すると好調な決算に見えるが、売上高が市場予想に届かなかったことから、決算発表翌日(20日)、テスラ株は大幅に下落した。中国と欧州の景気低迷及び、米国における利上げが需要面をやや厳しくしていると言う。また、ドル高の影響もあると指摘されている。さらに、新たな工場や電池生産への投資が利益率を圧迫している。ベルリンとテキサスにあるギガファクトリーにおいて、新型電池の生産に関連した原材料価格がインフレしている。
テスラにとって重要なのは今後の需要がどう推移していくかである。世界的な景気後退懸念だけではなく、中国をはじめとする他のEVメーカーとの競争も激しくなっている。またサプライチェーンの課題も解消されてはいない。第4四半期は生産台数が50%増に達する一方、納車台数は50%を下回る見通しで、今年の納車目標が未達になるとの見通しを示した。
ブルームバーグの記事「テスラ株下落、7~9月決算を受け-マスク氏「需要やや厳しい」」によると、電話会見に出席したイーロン・マスクCEOは、「第4四半期(10~12月)の需要は素晴らしく、予見可能な将来に生産する全ての車を販売できると見込んでいる」と語り、需要減退の可能性に対する投資家の懸念を和らげようとしたと言う。筆者が注目したいのは収益性が確実に高まってきていることだ。このインフレ下において強気の値上げが出来るところもテスラの強みである。収益力の強さを示す売上高営業利益率は17.2%と前年同期に比べ2.6ポイント上昇した。また、現金を生み出す力を示すフリーキャッシュフロー(純現金収支)は32億9700万ドルの黒字となり、前年同期の2.5倍に増加している。
●テスラの営業利益率の推移出所:決算資料より筆者作成
今回の決算では、こうした財務面での改善を背景に自社株買いについての話題も飛び出した。キャッシュフローの改善などによって積み上がったテスラの現金・現金同等物は、9月末には過去最高水準となる211億700万ドルとなった。電話会見の中でイーロン・マスクは「50億~100億ドルの規模の自社株買いを行うことは可能だ」とも述べた。
成長投資を続けているテスラにとって、自社株買いは投資案件が乏しいことを市場にイメージづける可能性もある。テスラという成長企業が成熟企業へ転換しつつあることを示すものとなるかもしれない。直近のテスラ株は210ドル台と年初からの下落率は約46%だ。日本円にして3兆円を超える現金を持っているのであれば、さらに株価が下がってきた場合、自社株買いという選択も可能だ。
インフレ、金利上昇、脱グローバル化等、事業環境の逆風が増える中、いくつかのオプションがあるというのは企業としての重要な強みとなる。日経平均とナスダック100の売買シグナル(赤=買い・黄=売り)
●日経平均CFD(日足)標準偏差ボラティリティトレードの売買シグナル
●日経平均CFD(日足)メガトレンドフォロートレードの売買シグナル
●ナスダック100CFD(日足)標準偏差ボラティリティトレードの売買シグナル
●ナスダック100CFD(日足)メガトレンドフォロートレードの売買シグナル
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wpcomstaging.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。