「マーケットの最前線」
2023年6月 5日第350回「ESG バブルは崩壊したのか?」石原順
石原 順
FRBが金融引き締めへと動く中、ESG バブルは崩壊したのか?
日本経済新聞の6月1日の記事「欧米石油5社、株主総会で「気候変動」提案すべて否決」によると、米石油会社エクソンモービルなど欧米の大手5社が5月31日までに株主総会を終え、気候変動関連の提案はすべて否決され、会社側が推薦した取締役候補は全員承認されたという。例えば、エクソンの2021年の株主総会では、物言う株主(アクティビスト)が推薦した取締役候補が選任されて注目を浴びたが、2022年以降は会社側の推薦候補が全員選任されている。31日に開かれたエクソンの株主総会でも環境関連の12本の株主提案がすべて否決された。最も賛成率の高かった株主提案でも割合は36%にとどまった。
また、2月に脱炭素目標を緩和した英BPは、4月下旬の総会で目標を元に戻すことなどを求める提案があったが、賛成の比率は17%弱にとどまった。BPは従来、2030年時点での石油・ガスの生産量を2019年比で40%削減すると打ち出していたが、2月には25%に引き下げていた。
記事によると、会社側の提案に支持が集まりやすくなった背景には、長引くウクライナ紛争を受けて脱炭素よりもエネルギーの安定供給に注目が集まっていることがある。加えて、石油業界の配当と自社株買いは過去最高水準で、機関投資家も会社提案を支持しやすくなったと指摘している。
株式投資はある企業のビジネスをサポートする側面を備えている。企業の事業を後押ししたい場合、私たちはその企業の株式を買うことでビジネスを応援することが出来る。個人だけではない。大きな規模の年金を運用しているソブリンファンド等も資金をどこに振り向けるかによって、自分たちの意思を表明することができる。資本の力はこのように大きく、時代時代によって投資の潮流を形成してきた。
ここ数年の世界的な投資の大きな潮流は、環境・社会・ガバナンス(ESG)投資であった。化石燃料を取り扱う企業からは資金が流出する一方、クリーンエネルギーを標榜する業界には大きなうねりをもたらした。2021年には関連銘柄がこぞって急騰し、ESGのミニバブルが発生、市場のゆがみを引き起こすこともあった。●iシェアーズ ESG アウェア MSCI 米国 ETF(週足)
出所:トレーディングビュー
ただし、市場における行き過ぎは、その逆の行き過ぎを引き起こす傾向にある。最近では米国において反ESGの動きが急速に高まっている。5月24日の日本経済新聞の記事「反ESGの拡大に注意を」によると、今月初め、南部フロリダ州でESG活動を制限する「反ESG法」が成立したという。同州の政府や年金基金の行う投資にESG要因の考慮を禁じるなど、ESG投資を封じ込めようとする州法だ。他の保守州でも同様の動きがあるとしている。
反ESG運動の高まりで、ESGを重視してきた資産運用会社にも方針転換や慎重姿勢への後退がみられる。昨年12月には米バンガード・グループが脱炭素金融同盟から脱退を表明した。また、ブラックロックなど大手12社は2023年2月に提出した年次報告書で州当局などによる反ESGの主張が大きなリスクになっていると指摘し警告を示した。
ここで大きな問題になるのは、来年秋に予定されている大統領選、議会選に向けて、反ESGが共和党の強力なスローガンの一つになる可能性が高いことだという。米議会では、企業年金運用にESG(環境・社会・企業統治)要素を加えることを禁じる共和党主導の決議が成立し、民主党のバイデン大統領が政権発足後、初の拒否権を行使する等、ESG投資を巡って議論が続いており、政治問題化しつつある。
直近では金融環境が緩和の時代から引き締めの時代へと大きく変化している。手持ちの資金が限られる中、投資家は高いリターンを得るためにはどこに投資すべきなのか、その選別はますます厳しくなってくるだろう。金融環境のシフトが変わる中、ESG投資は試練の時期を迎えている。
FRBに対する信頼性は最低水準に低下している
今月13-14日の日程で開催されるFOMCを前に利上げに関する見通しが取り沙汰されている。一部報道では、次回のFOMCにおいて利上げの一時停止が議論する見通しだと伝えられている。目下のところ年内の政策金利の「到達点」はどこなのかに焦点が集まっており、市場では水準引き上げも警戒されている。
元米財務長官のサマーズ氏は、6月のFOMC会合において利上げ見送りが選択された場合、7月会合では政策金利を0.5ポイント引き上げる可能性を残しておくべきだと述べた。6月3日のブルームバーグの記事「サマーズ氏、FOMCは7月の50bp利上げに留意を-6月見送りなら」によると、サマーズ氏は、ブルームバーグテレビジョンとのインタビューで「米金融当局が留意しなくてはならない主要なリスクは景気過熱リスクであるという状況に再び陥っている」と語った。●フェデラル・ファンド金利の現在の市場の予測
出所:クリエーティブプランニング
市場との対話において、FRBに最も必要とされるのはその信頼性であろう。投資家がFRBに逆らえば、想定していたような政策効果は期待できない。では、一般の人々はFRBに対してどの程度の信頼を持っているのか、ヴィジュアル・キャピタリストの記事「The Public's Trust In The Fed Is At Multi-Decade Lows(FRBに対する国民の信頼は数十年来の低水準にある)」から抜粋してご紹介しよう。
記事では、ギャラップ社の調査を取り上げている。この調査は、米国の成人を対象に、国の中央銀行である連邦準備制度を含む様々な経済トピックに関する調査を実施している。現在のFRB議長が米国経済にとって正しいことを行う、あるいは推奨することにどの程度の信頼を寄せているかを尋ね、「大いに自信がある」、「まあまあ自信がある」と回答した人の割合を示している。
●ギャラップ社の調査によると、FRBに対する信頼感は低下している
出所:ヴィジュアル・キャピタリスト
●FRBに対する信頼感
「大いに自信がある」、「まあまあ自信がある」と回答した人の割合
出所:ヴィジュアル・キャピタリストの資料より筆者作成FRBに対する信頼性は、近年大きく変動している。例えば、アラン・グリーンスパンの時代には、経済が比較的安定していたため、当初は信頼度が高かった。しかし、ドットコムバブルの崩壊を受け、グリーンスパンによる金融緩和政策が原因であるとの見方も台頭する等、結果、信頼感は急激に低下した。
一方、パンデミックに際しては、国民のFRBに対する信頼感は急上昇した。危機に直面したパウエル議長が米国経済を支援するために断固とした行動をとったためと思われたためであろう。FRBが実施した施策には、金利をゼロに近づけること、量的緩和(新たに刷ったお金で国債を買うこと)、企業への緊急融資プログラム等があった。
しかし、2020年の58%をピークに、FRB議長を「大いに」あるいは「まあまあ」信頼している人は直近では36%にまで落ち込み、過去20年間で最低の数字となった。これは、パウエル議長がパンデミック後に起きたインフレに対し強硬な姿勢で臨み、かつてない驚異的なスピードで金利を引き上げているためと思われる。
●米1カ月物財務省証券利回り
出所:クリエーティブプランニング
こうした利上げは必要なことではあるが、副作用は否めない。変動金利の債務を持つ人の負担は増加、住宅ローン金利の上昇により住宅購入が難しくなる等だ。また、金利の上昇によって、米国ハイテク企業の多くは人員削減を行い、シリコンバレー銀行の破綻をはじめとする地方銀行危機の一因ともなっている。マーケットナビゲーターの売買シグナル(ピンク:買いトレンド・シアン:売りトレンド)
●日経平均CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●NYダウCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●S&P500CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
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出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ドル/円(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ゴールドCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。