コスモ・ネットレ ブログ「徒然なるままに」
2026年10月 9日消えゆく「江戸言葉」に学ぶ、粋な生き方と変化の美学
ネット取引統括部長 山形 光
こんにちは! みなさんは「おっつかっつ」という言葉を聞いたことがありますか?日経新聞朝刊で連載されている澤田瞳子先生の小説『江戸を隠してふところに』に登場した言葉です。 調べてみると、「二人の実力はおっつかっつだ(互角だ)」といった意味で使われる、江戸言葉(東京の古い下町言葉)でした。
1. 歯切れの良さと、間抜けさの美学
江戸っ子はとにかくテンポが良く、聴いていて心地いいリズムを好みました。そのため、言葉の中に「っ(促音)」をこれでもかと詰め込む特徴があります。
例えば、現代ではあまり見かけなくなったこんな言葉。
- けっつかつ(お尻に火がつくように、時間がギリギリで切羽詰まっている様子)
- ぬっつりふっつり(完全に音信不通で、音沙汰がない様子)
「っ」が何度も跳ねるような、粋でいなせなリズムですよね。
一方で、「っ」をまったく入れない言葉もあります。
- へちまへちま(どうでもいいこと、くだらないこと)
- のめのめ(恥ずかしげもなく、のうのうとしている様子)
あえて「っ」を抜くことで、「間が抜けた感じ」や「だらしなさ」を演出し、相手をユーモラスに皮肉る。この巧みな使い分けこそが、江戸っ子の卓越したセンスでした。
2.なぜ、江戸言葉は使われなくなったのか?
これほど豊かで面白い江戸言葉ですが、現代の日常会話からは少しずつ姿を消しています。一体なぜでしょうか?
大きな理由は、明治時代以降の「標準語(共通語)の確立」にあります。
明治政府は、日本全国の人々が円滑にコミュニケーションを取れるよう共通の言語を作る必要に迫られました。その際、東京の「山の手」で話されていた言葉などをベースに標準語が整理されていきます。
当時の「山の手」とは、現在の新宿区、文京区、千代田区(番町・麹町など)、港区(赤坂・麻布など)といった高台のエリア。江戸時代には武家屋敷が集まり、明治以降は官僚や知識人が多く移り住んだ場所です。
その結果、職人や商人が集まる「下町(浅草・神田・日本橋など)」ではぐくまれた口触りの荒い言葉や下町独自のリズムは、「方言」や「ガラが悪い言葉」として扱われるようになり、学校教育やメディアを通じて徐々に表舞台から影を潜めていきました。
3. 言葉が変わるように、物事は変化する
お気に入りの言葉や文化が使われなくなっていくのは、どこか寂しいことのように思えます。しかし、ここにこそ江戸っ子の「粋(いき)」の真髄があります。
江戸っ子は、何事にも執着せず、変化をあっさりと受け入れる格好良さを大切にしていました。
「宵越しの銭は持たない」という有名な気質も、いつ火事が起きるか分からない町で過ごす中で、「過去や未来に縛られず、今この瞬間を全力で楽しむ」という潔さから来ています。
言葉が変わっていくのも、時代が移り変わっていくのも、すべては自然な流れ。 古いものだけに固執して「昔は良かった」と愚痴をこぼすのは、江戸っ子から言わせれば「野暮(やぼ)」というものです。
最後に:変化を「粋」に楽しもう時代の波にのまれて見かけることが減った江戸言葉。 しかし、その言葉に込められた「ユーモア」や「リズムを愛する心」は、形を変えて今の私たちの会話や感覚の中にも確かに息づいています。
物事が変わっていくことを嘆くのではなく、その変化すらも「粋」に面白がって生きていく。 消えゆく江戸言葉は、私たちがしなやかに生きるためのヒントを教えてくれている気がします。
みなさんも日常がちょっぴり窮屈に感じたときは、心の中で「そんなことは、へちまへちまだ!」と呟いてみませんか?




