コスモ・ネットレ ブログ「徒然なるままに」
2026年8月10日鎌倉街道と三貫清水
東京ネットサポートセンター 原田
こんにちは東京ネットサポートセンターの原田です。
暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
先日、私は涼を求めて700年前のオアシスに行ってきました。
そこは、鎌倉幕府が各地を結ぶために整備した、中世の重要な道路「鎌倉街道」の面影が今も残る場所です。鎌倉街道は東日本にいくつもありますが、今回訪れた場所は「羽根倉道(はねくらみち)」と呼ばれる道の一部とされており、埼玉県さいたま市北区奈良町の鴨川沿いに、「三貫清水湧水保全地域」として約400メートルにわたりその面影が残っています。
羽根倉道は、鎌倉-武蔵国(※1)-上野国(※2)方面を結ぶ重要な道の一つとして、武士や商人、役人、僧侶などが行き交ったと伝わっています。
道には少しくぼみ(わだち)があることから、長い年月をかけて車輪や馬、人の行き来があったからとの見方もあります。

鎌倉街道(撮影:原田)

鎌倉街道(撮影:原田)■雑木林から湧き出る「三貫清水」
700年以上前、この街道を行き交う武士や商人たちが一息ついていたであろう「三貫清水」が今もあります。

三貫清水(撮影:原田)
三貫清水は、水深1m程度の沼地を形成しています。沼地は南北に接して2か所あります。
いずれの沼地も水底から清水が湧き出るとのこと。
しかし、季節によっては水量不足に陥ることもあり、さいたま市では一定の水位と水質を保つ必要から、特に北側の沼地では台地の中腹に人工の吐口を2か所つくり、沼地の湧水をポンプアップして循環させているそうです。
耳を澄ますと水の流れる音がかすかに聞こえてきましたが、これは雑木林のなかに石積みの水路を巡らし通水しているからで、いかにも清水が湧き出ているかのような感じでした。
気温は33度ほどでしたが、水はかなり冷たく、透明度も高かったです。
三貫清水のいわれについては、「昔、太田道灌がこの辺りに狩りにきたとき、土地の人がこの清水を汲んで茶をたてて出したところ、とてもうまいといって三貫文の褒美を下さった」ことに由来すると記されていました。
近くに住むと蚊とか多そうですが、趣があり、道が木に覆われて、木陰が涼しく散歩やジョギングにうってつけの場所でした。
米1 「武蔵国(むさしのくに)、は、古代から明治初期まで存在した日本の令制国の一つです。現在の東京都の大部分(23区と多摩地域)、埼玉県全域、そして神奈川県の一部(横浜市・川崎市)に相当する広大な地域を指していました。
米2 「うえの」ではなく「こうずけ」と読みます。
「上野国(こうずけのくに)」は、かつて日本の行政区分だった令制国の一つで、現在の群馬県にあたります。
古代のこの地域は「毛野国(けぬのくに)」と呼ばれていました。その後、朝廷の命により「上毛野国(かみつけぬのくに)」と「下毛野国(しもつけぬのくに)」に分割され、さらに漢字2文字にするために「毛」が省略されて「上野国」となりました。
現在でも上毛電鉄、上毛かるた、上毛新聞などその名残をとどめています。
■最後に
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