コスモ・ネットレ ブログ「徒然なるままに」
2026年6月 3日あじさい
大阪ネットサポートセンター 井上
こんにちは、大阪ネットサポートの井上です。
まもなく梅雨入りですね。この時期の癒しは、しっとり雨に濡れながら青色や紫色、薄紅色など色とりどりの花を咲かせるあじさい。
皆様は「あじさい」の漢字や語源に面白い歴史があることをご存知でしょうか?
漢字「紫陽花」の由来
中国の詩人・白居易(白楽天)があるお寺で見た、名前のわからない紫色の香りの良い花に「紫陽花」と名付けた詩を詠みました。のちに、日本の平安時代の学者(源順)が「白居易の言う紫陽花とは、日本のあじさいのことだ」と勘違いして(あるいは見立てて)当てはめたのが定着したとされています。
※実際の中国で「あじさい」は一般的に「綉球花(しゅうきゅうか)」などと呼ばれます。
※こうした中国の漢字を和名に当てはめた例には、「蒲公英(たんぽぽ)」や「向日葵(ひまわり)」などもあります。
日本の古い歴史と語源
あじさいの花は古くから日本にあり、万葉集にも別の漢字(万葉仮名)で登場しています。語源は諸説ありますが、藍色の花が集まっている様子を表した「集真藍(あづさあい)」という説が有力です。
(あづ=小さいものが集まる、さ=接頭語、あい=藍色)
学名「オタクサ」に秘められた愛の物語
このように古くから日本で愛されてきたあじさいですが、幕末の長崎では、ある切ない愛のシンボルともなりました。
江戸時代にオランダ商館の医師として来日したドイツ人・シーボルトは、日本のあじさいをこよなく愛し、その学名を "Hydrangea otaksa"(ハイドランゲア・オタクサ) と名付けました。この「オタクサ」という名前は、彼が深く愛した最愛の日本人妻、お滝さん(本名:楠本 滝/遊女名:其扇)の名前に由来しています。
やがて二人の間には娘の「お稲」が生まれ、幸福な日々を過ごしていましたが、帰国直前のシーボルトの荷物から国外持ち出し禁止の日本地図などが見つかり、彼はスパイ容疑で国外追放処分となってしまいます。妻子を残したまま引き裂かれ、お滝さんはのちに再婚、お稲は日本初の女性産科医として激動の時代を生き抜くこととなりました。
異国へ追放されたあとも、シーボルトはお滝さんを愛し続け、日本の研究と紹介にその生涯を捧げました。ドイツ人の彼がお滝さんを呼ぶときの発音、それがそのまま学名「オタクサ」として世界の植物図鑑に刻まれたのです。
長崎では今もあじさいを「おたくさ」の愛称で呼び、街をあじさいで彩る「長崎おまがりさるく・紫陽花(おたくさ)まつり」が開催されています。また、紫陽花をかたどった欧風銘菓にもその名が付けられています。
漢字で「紫陽花」と書いて「おたくさ」と読ませる。シーボルトの深い思いは、今もあじさいの花の中に永遠に息づいています。

先日、いただいたお土産。

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