コスモ・ネットレ ブログ「徒然なるままに」
2023年6月26日岡山城を見てきました!
大阪ネットサポートセンター 藤原
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大阪ネットサポートセンターの藤原でございます。
日頃は「コスモ・ネットレ」をご利用いただき、誠にありがとうございます。先日、大阪から岡山まで約200㎞ドライブし、岡山城を見てまいりました。
岡山県は、"晴れの国おかやま"がキャッチフレーズ。
降水量1mm未満の日の合計(気象庁データより)が全国最多と晴れの日が多いことと、海・山の自然に恵まれているからだそうです。出掛けたその日もお天気に恵まれました。さて、岡山城。
大規模な改修工事を経て、2022年11月3日にリニューアルオープンしました。
黒い外観と金箔瓦から「烏城(うじょう)」や「金烏城(きんうじょう)」とも呼ばれていますが、令和の大改修により、天守閣は金と黒のコントラストが印象的で、出かける前にチェックした写真で見るよりも美しく、迫力がありました。
私は、これまで黒いお城を見たことがありませんでしたので、とても感動しました。
岡山城は、1597年(慶長2年)に豊臣家五大老の一人・宇喜多秀家が築城。
かつて、35棟の櫓と21か所の城門で固めた名城でしたが、明治の廃城令により、天守と櫓2棟、城門1棟を残すことになりました。
残った天守と城門は戦災で焼失。その後、1966年(昭和41年)に、往時の姿をしのばせる天守が再建されました。その天守は、3重6階の複合式望楼型で、出入り口は付属している塩蔵に設けられています。
特に初重平面形状が歪んだ多角形をしているため、同じく歪んだ多角形平面の天守台を持つ安土城天主を模したものではないかと言われているようですが、豊臣秀吉による大坂城天守を模しているという説もあります。
歴史上の人物の面白いエピソードが感じられ、ワクワクした気分になります。天守の内部は地下1階から6階まであり、岡山城の歴史が学べます。
エアコンも効いているので快適に見て回ることができました。私は、「宇喜多秀家親子の物語と城下町の始まり」や、「関ヶ原の戦いと岡山城主たち」のところが特に興味深かったです。
関ヶ原の戦いで敗戦した宇喜多家に代わり、その後小早川秀秋が城主を務めました。
跡継ぎのない小早川家に代わり、次は池田家へ引き継がれます。
池田家はおよそ200年にわたって岡山藩を治めました。藩主池田家の貴重なお宝など文化財も展示されており、いろいろと楽しめます。皆様もご興味がございましたら、岡山城のホームページをご覧いただきたいです。
https://okayama-castle.jp/岡山城は、茨城県の水戸・偕楽園、石川県の金沢・兼六園とともに、日本三名園として並び称される岡山・後楽園も隣接しています。
偕楽園は梅、兼六園は雪吊りなどのイメージですが、後楽園は、その広大な敷地の青々とした芝生に、山(唯心山)・庭石・水が見事な庭園。もちろんあわせて観光してきました。
また機会があれば、ぜひ訪れてみたいと思います。