「マーケットの最前線」
2026年9月24日第519回「隣人が富を築いていると脳はモデルを書き換え始める」
ファンドマネージャー 石原 順
リーマンショックから18年、市場は常に投機的な「バブル」と「バースト」を繰り返す?
2008年9月15日の米リーマン・ブラザーズの破たんから18年が経過した。世界金融危機(GFC)を象徴する出来事であり、負債総額は約6000億ドルと、当時、米国史上最大の経営破綻だった。世界金融危機は金融の大混乱と景気後退を引き起こした。GFCは、長年にわたる規制の緩みによって悪しきインセンティブが蔓延した結果として引き起こされた。
1990年代初頭、米国の住宅ローン市場は頭金20%、高い信用スコアを必要とする30年固定金利ローンで構成されており、こうした住宅ローンは非常に安定しており、デフォルト率も極めて低かったと言う。一方で、こうした融資基準は住宅所有に対する差別的な障壁とみなされており、複雑な許認可も含め住宅価格の高騰を招いていると批判されていた。
1992年に制定された住宅・地域開発法に基づき、連邦住宅抵当公庫のファニーメイと連邦住宅貸付抵当公社フレディマックは、低所得者および中所得者向け融資の割合を1992年の30%から2008年までに56%まで、徐々に増やすことを義務付けられた。ファニーメイとフレディマックは従来の融資審査基準を体系的に見直した。
この変化はすぐに業界全体に波及した。2008年の米国住宅ローン市場全体の半分に相当する約2700万件は高リスクの非伝統的なローンだったと言われている。住宅へのアクセス向上を目指した政策は、本来なら住宅を購入できない人でも住宅を購入できるようになったという政策効果をもたらした一方、住宅価格の高騰と住宅ローン融資の質の低下を招き、それが銀行のバランスシートに影響を及ぼした。
●FRBは住宅ローン担保証券(MBS)を依然として約2兆ドル保有している
出所:FRB(米連邦準備制度理事会)
2008年の世界金融危機から学ぶべき教訓があるとすれば、それは政府の裁量的な介入は往々にして意図せざる負の結果を生み出すということだ。一見理にかなっているように見える個々の規則も、特に他の規制と重なる場合、意図しないインセンティブを生み出す可能性がある。規制の相乗効果は集団行動を加速させる。
歴史を振り返ると、市場は常に投機的な「バブル」と「バースト」を繰り返してきた。バブルが膨張するたびに「今回は違う」と信じられ、その後「バースト」を迎える。そして今回も同じだったとなる。バブルに共通する分母は何か。例えば、膨大な額の信用の積み上がり、金融政策の緩み、住宅価格の高騰、不動産投機、レバレッジの爆発、アマチュア投資家による投機熱の高まり等が挙げられるだろう。
チューリップがコンスタンティノープル(東ローマ帝国の首都、現在のイスタンブールの前身)から西欧に入ってきたのは16世紀中頃だった。チューリップはターバンを意味するトルコ語に由来する。オランダやドイツの資産家の間でチューリップ人気が沸騰し、法外な価格で取引されるようになる。
1630年代に入ると、チューリップを収集していない資産家は「趣味が悪いのを証明しているようなもの」とまで言われるようになった。こうしたチューリップの人気はその後、中産階級にも広がり、1636年にはアムステルダムにチューリップ取引所が設立され、珍しい種類のチューリップの需要が急増、ロッテルダムやライデン、アルクマール、ホールンなどの主要な町には定期市が設けられるまでになる。
株式仲介人たちもチューリップを取り扱うようになり、チューリップ成金が急増する。このチューリップへの熱狂は永遠に続き、世界中の金持ちがオランダにチューリップの注文を出し、当時、オランダからは貧乏人が誰もいなくなる、そんな想像さえめぐらされるほど好景気に沸いていたそうだ。そのうち、貴族だけではなく、市民、農民、商人、漁師、使用人、洗濯婦までがチューリップに投資をし始める。
しかしこうした熱狂は永遠には続かない。1637年、天文学的価格になった球根の新たな買い手を見つけることが出来なくなり、球根の価格が下落しはじめた。在庫を抱えていた投機家は一文無しになった。それまで安全な投資先だった球根の価格暴落はオランダ国民に衝撃を与えた。それは決して元の高値には戻らなかった。価格の下落によって破産寸前まで身を滅ぼす人や、取り返しがつかないほど財産を失ってしまう人もいた。
バブルに翻弄されたニュートン:「天体の動きは計算できるが、人の狂気は計算できない」
チューリップバブルから約100年後の1720年夏、万有引力の法則を生み出した近代物理学の父祖、アイザック・ニュートンは、財産の大部分を再び「南海会社」の株式に投資しようとしていた。企業としてほとんど利益は出ていなかったが、米大陸におけるスペイン植民地からの奴隷や黄金を輸送する貿易ルートの独占権をイギリス政府に認められており、国際貿易の拡大とともに確実に成長すると期待されていた。
1720年、イギリス政府が南海会社の株式を売り出すと、爆発的な人気を集め、この動きに乗じようと株式市場は狂乱状態となった。当時のイギリス国王ジョージ一世が役員の一人に名を連ねたことも投資家の信頼を集めた要因だった。南海泡沫とはこの投機ブームによる株価の急騰と暴落のことで、泡沫=バブルの語源となった出来事である。
天才科学者のニュートンは南海会社株に初期段階で投資を行っていた。それからわずか2カ月で持ち株の価値は2倍になった。ニュートンは市場が投機の熱狂の初期段階にいることに気付き、それが最終的には悪い結末を迎えることを察知していたため、早めに利益を得て自分の持ち株を清算し大金を稼いだ。しかし、バブルの本当の怖さはこの後にある。
ニュートンが市場から退場したのち、南海会社株は伝説的な上昇を経験することになる。バブルが膨らみ続ける中、友人や知人の財産が日々増えていくのを見ていたニュートンはいてもたってもいられず再び株式市場に飛び込んだ。それが株価のピークだった。9月には南海会社で詐欺スキャンダルが勃発すると、株価はあっという間に90%下落した。
ニュートンによる南海会社への投資を扱った2018年の論文「Newton's financial misadventures in the South Sea Bubble(ニュートンの南海バブルにおける財政的不運)」によると、ニュートンは南海会社の破綻によって、現在の価値にして約2000万ドルに相当する損失を被ったと指摘している。この大失敗にニュートンは深く傷つき、生涯人々が自分の前で南海会社の名を口にするのを許さなかったとも言われている。
●南海会社の株価の推移 (1718年12月から1721年12月まで)
出所:ゼロヘッジ
このニュートンの投資で注目すべきことが2つある。1つは、ニュートンが再エントリーした際、ほぼすべての手持ち資産を南海会社株に注ぎ込んだと言うこと。そしてもう1つは、株価が急落する中で、禁じ手である「ナンピン買い」まで行ったことだ。当時、造幣局長官も務めていたニュートンは、金融や市場に精通している人物であったと思われるが、そうした人物でもバブルに踊り、バブルに翻弄されてしまうのだ。
南海バブルで大きな損失を負ったニュートンは次のように言ったそうだ。
「天体の動きは計算できるが、人の狂気は計算できない」
【ニュートンが負けたのは、市場を理解するには頭が悪すぎたからではない。彼が負けたのは、知性では「地位の苦痛」から身を守れないからだ。伝えられるところによると、彼は利益を確定して撤退した。その後、他の人々がどんどん豊かになっていくのを見守っていた。そこが鍵だ。市場は、彼の知性では打ち消せない唯一の変数を見出したのだ。それは「相対的な後悔」である。
隣人が富を築いている一方で、自分が安全に傍観している状況になると、脳はモデルを書き換え始める。リスクは小さく見え始め、価格は妥当なものに思えてくる。慎重さは臆病さのように感じられ、知性は「再参入が合理的である」理由を説明するために動員される。だからこそ、非常に賢い人々でさえ、壮絶な失敗を招くことがあるのだ。
彼らの知性が消えてしまうわけではない。それは、すでに決断を下してしまった感情の弁護人となるのだ。そして市場は、その弱点を巧みに利用するようほぼ完璧に設計されている。なぜなら、市場は他の誰もが成功しているように見える姿を、絶えずあなたの目の前にさらし続けているからだ。
したがって、投資における真の優位性は、IQよりもはるかに奇妙なものだ。それは、現実があなたの動機付けを書き換えようとしている間も、心理的に変わらないままでいられる能力である。
生き残るためには、以下に耐えなければならない:
貪欲
嫉妬
FOMO(取り残される恐怖)
屈辱
退屈
先走り
間違っているように見えること
一時的に自分より優れた成績を上げる愚か者たちを見ること
だからこそ、感情を律することができる平凡な思考の持ち主が、天才たちを上回る成果を上げることができるのだ。市場は、あなたの現実認識モデルを試しだけではない。周囲の誰もが間違っているにもかかわらず富を増やしている中で、あなたが自分のモデルを信じ続けられるかどうかを試しているのだ】
(出所:X @SightBringer)
米メリルリンチのストラテジストとして活躍したボブ・ファレルは、ウォール街のストラテジストとして45年のキャリアを持つ伝説的人物で、テクニカル分析のパイオニアと言われている。キャリア終盤の1998年に10の投資ルールをまとめたノートを発表した。
<ボブ・ファレルの10の投資ルール>
① 市場のトレンドは時間の経過とともに平均に回帰する
② 一方向への行き過ぎや過剰は、逆方向への行き過ぎや過剰を生む
③ マーケットに「今回は違う」はない、行き過ぎや過剰は永続しない
④ 指数関数的な上昇や下落を見せるマーケットは、思ったよりも長続きするが、それが「横ばい」で終わることはない
⑤ 一般大衆は、ほとんど「高値掴み」し、安値ではほとんど拾えない
⑥ 「恐れ」や「強欲」は長期の視点に立った判断を覆すことがある
⑦ マーケットは、全体が上がるときが最も強固であり、一握りしか上がらない時は最も脆弱である
⑧ 弱気相場には、3つの局面がある。急落、短期的な反発、ファンダメンタルズに沿った長期の下落局面、の3つである
⑨ マーケットの専門家が異口同音に同じことを言い出すときは、別のことが起こる
⑩ 強気相場は、弱気相場よりも楽しい
現在の局面では、「当てに行く投資」から「生き残る投資」への発想転換が必要になろう。どの資産が最も上がるかを正確に予測することよりも、想定外の事態が起きても資産全体が致命傷を負わない構造を作れるかどうかが、長期的な成果を左右する年になると想定している。過去を振り返れば、分散投資は地味で退屈に見えることが多い。しかし、市場が不安定になる局面では、その「退屈さ」が武器になる。
分散投資とは単に銘柄数を増やすことではない。株式、債券、コモディティ、現金といった資産クラスの分散、米国、日本、新興国などの地域分散、成長株と高配当株を組み合わせるスタイル分散を重ねることで、特定リスクへの依存度を下げる考え方である。先行きの見通しが揺らぎやすい局面では、「どれか一つが外れても、他が支える」構造を作ることが重要になるだろう。
メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
●日経平均CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●NYダウCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●S&P500CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ナスダック100CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ドル/円(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●NY原油(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ゴールドCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。




