「マーケットの最前線」
2025年6月 9日第453回「マスク対トランプの荒唐無稽な構図」石原 順
石原 順
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マスクとトランプの罵り合いでテスラの時価総額から1500億ドルが消失米EV(電気自動車)のテスラ(TSLA)を率いるイーロン・マスクと米トランプ大統領の罵り合いがSNS上でヒートアップしている。
マスクがトランプ政権を去ってまだ2週間も経っていない。2人の諍いは株式市場にも飛び火しており、テスラの株価は先週だけで14%下落した。
マスクがX(旧Twitter)において、トランプ大統領が提案した財政関連法案を「disgusting abomination(ひどい虐殺)」と非難すると、トランプは自身のSNS「Truth Social」で、「政府補助金や契約を終わらせるのが最も簡単な節約策だ」と、マスクが率いる企業、中でもスペースXに対する政府契約への打切りを示唆するようなコメントを投稿した。
テスラ(1時間足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーターテスラ(3時間足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
テスラ(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
これを受けてマスクは5日、「契約が打ち切られるなら宇宙船のドラゴンを退役させる」とX上で応酬。ドラゴンはNASA(米航空宇宙局)が展開しているISS(国際宇宙ステーション)への往復に不可欠な存在であり、NASAは2024年に約8.4億ドル規模の契約を延長していた。ただ、その投稿からわずか数時間後、マスクは「良い助言をもらった。ドラゴンは退役させない」と態度を軟化させた。
この一連のやりとりによって、スペースXの政府関連契約の継続性に疑念が投げかけられた。WIREDの6日の記事「Elon Musk's Fight With Trump Threatens $48 Billion in Government Contracts(マスクとトランプの戦いは480億ドルの政府契約を脅かしている)」によると、そのうちNASAを含む軍事分野の契約額は少なくとも220億ドル、衛星ブロードバンドインターネットのスターリンクも含めれば全体で480億ドルと巨額だ。重要な国家インフラでもある宇宙関連や防衛関連の設備投資を民間に依存していることの脆弱性が指摘されている。政府の契約に関して多様化すべきとの話が出ているという。この政治的応酬が起こった直後、1500億ドルの時価総額がテスラから消失した。ひとつの企業のトップと政治家の対立がこれほどの経済的インパクトを持つのは極めて異例と言えるだろう。
マスクは一企業のCEOという枠を超え、現代の米国において最も影響力のある個人の1人である。その発言や行動は、企業業績だけでなく為替や国際関係、選挙の情勢にまで影響を与える可能性がある。しかしその反面、「カリスマ依存」は市場にとって諸刃の剣でもあろう。マスクの政治的発言が市場に与える影響の大きさは、今回のテスラ急落によって再認識された。
米副大統領のヴァンスは、 「イーロンは素晴らしい起業家だ。我が国の無駄、詐欺、そして不正行為を根絶しようとするDOGEの取り組みは素晴らしい。イーロンは政界に不慣れなのだ。彼の事業は絶え間なく攻撃を受けている。車に放火する者もいる。彼のその苛立ちはよく分かる」と述べ、マスクの行動に一定の理解を示している。今のところ、二人のバトルの先行きは不鮮明ではあるが、先週末にマスクとトランプはこれまでのお互いを非難する投稿をすべて削除している。
今回のマスクとトランプの茶番劇により、大統領執務室に誰が座ろうとも債務は減らないことが明らかになっている。有権者は共和党を信用しなくなっている。マスクとトランプ大統領との間で起きたことは、トランプが選挙キャンペーンで掲げたMAGAの理想をマスクが支持し、トランプがスワンプ(ディープステートの沼地)から来た法案を売りつけるという、荒唐無稽な構図となっている。
エヌビディアとの資本関係はコアウィーブのビジネスに有利に働くのか?
テスラとは対照的にこの1ヶ月で株価が2.5倍に拡大している企業がある。今年3月にナスダックに上場したコアウィーブ(CRWV)だ。コアウィーブ(1時間足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
コアウィーブ(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
コアウィーブはAIに特化したソフトウェアやクラウドプラットフォームを提供する企業で、エヌビディア(NVDA)やオープンAIから出資を受けている。米国を中心に32カ所のデータセンターを運営しているということで、エヌビディアは上場にあわせて追加出資を行なった。
2017年の創業当初はGPU(画像処理半導体)を使って暗号資産(仮想通貨)のマイニング(採掘)を手がけていたが、2020年代に入り戦略を大きく転換。2022年の「Chat(チャット)GPT」公開をきっかけに生成AIブームが起きると、AI専用クラウド事業に軸足を移した経緯がある。この転換により、AI特化型クラウド基盤の先駆企業として急成長しており、業界内では重要なAIインフラ企業と言われる存在になりつつある。従来のクラウド大手であるアマゾン(AMZN)のAWS 、マイクロソフト(MSFT)のAzure、アルファベット(GOOGL)傘下のグーグルが手がけるGoogle Cloud とは異なり、コアウィーブはAIやHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)向けに最適化されたGPUクラスタを提供することに特化している。
マイクロソフト(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
具体的にはエヌビディアの高性能GPU(H100やA100)を大量に保有し、それらを低レイテンシで提供する能力に強みを持っている。特化型のインフラであるため、生成AIや大規模言語モデル(LLM)を扱う企業にとっては、従来クラウドよりも柔軟性と性能面で優位性があるという。また、GPU割り当ての柔軟性や価格競争力も評価されているようだ。上場時は逆風にさらされた。日本経済新聞の3月29日の記事「期待外れの注目IPO 米コアウィーブ初値、公開価格割れ」は初値(39ドル)が公開価格(40ドル)を下回ったことを取り上げ、「2025年最大級の新規株式公開(IPO)として注目を集めたが、期待外れの船出となった。」と報じた。ただし、3月下旬はトランプ大統領の関税話で相場全体が大きく揺れていたタイミングだったことを考慮すべきであろう。
記事によると、2024年12月期の売上高は前期比8倍の19億ドルに拡大した。顧客はマイクロソフトやIBM(IBM)など、米テック企業だ。これがエヌビディアとの癒着や循環取引疑惑を生む土壌になっている。AI向けのクラウドは成長分野である半面、競争も激しい。前述の通り、コアウィーブと同様のサービスは大手クラウドビッグ3も提供している。テック大手の巨額投資によってクラウドの能力が余剰になれば収益が落ち込みかねないとも指摘している。エヌビディアの地域別売上高の推移
出所:決算資料より筆者作成エヌビディア(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーターエヌビディアの地域別売上高に占める割合は米国向けが他のエリアを圧倒している。会計年度で2024年第1四半期以降、大きく売り上げを伸ばしている。エヌビディアの決算期末は1月末である。このため、2024年第1四半期というと、2023年2月から4月の業績を反映したものである。Chat GPT公開をきっかけに始まった生成AIブームとも一致する。
目下のところ、エヌビディアの最先端AI半導体の奪い合いが起きている。そうした中、先端チップをいかに優先的に調達できるかどうかがクラウドサービスを手がける企業にとっての鍵となる。
エヌビディア一強という状況は長期的には変わっていくと思われるが、短期的には大きな変化が期待できない場合、エヌビディアとの資本関係はコアウィーブのビジネスにどのように有利に働くのか。このコバンザメ的な関係性は、エヌビディアのサポートを最大限に活かす企業として成長できる可能性を持つポジションをコアウィーブに与えている。
メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
日経平均CFD(日足)
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