「マーケットの最前線」
2023年8月21日第361回「テスラのキャッシュフローとイーロン・マスクの不屈の精神」石原順
石原順
宇宙ベンチャー「スペースX」が四半期ベースで黒字化を達成!
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は8月18日、イーロン・マスク氏率いる米宇宙開発ベンチャー「スペースX」について、2023年1-3月期に大幅増収と小幅ながら黒字を確保したと報じた。2021年、2022年は2年連続の通年赤字となっていた。WSJが閲覧した同社の財務資料によると、2023年1-3月期の売上高は15億ドル、純利益5500万ドルだったと言う。
起業家のイーロン・マスク氏が20年以上前に創業したスペースXは、今や米国有数のロケット打ち上げ企業に成長し、衛星インターネット事業の「スターリンク」も展開している。WSJの記事によると、企業価値は約1500億ドルと評価されており、これは米半導体大手インテルや米娯楽・メディア大手ウォルト・ディズニーに匹敵する規模だとしている。AFP通信の動画では、南米アマゾンの奥地においてスターリンクが提供する衛星インターネットサービスを使い先住民族が動画投稿サービスを楽しむ様子も伝えられている。四半期ベースとはいえ、スペースXが黒字化したニュースは既視感を覚える。大規模な投資を先行して行い、その後、一気にシェアを拡大し収益を上げていくというスタイルだ。テスラの初期も赤字が続いていたが、すでに車1台当たりの利益水準では既存の自動車メーカーを大きく突き放している。
例えば、テスラが北米で展開している「スーパーチャージャー」をベースにした北米充電規格(NACS:North American Charging Standard)も良い例えになろう。急速充電網を自前で設置し、運用するには人材や資金を含め、多額のリソースが必要となる。しかし、その見返りとして、EVの充電データや車載電池の消耗度合いといった情報を取得することができる。
テスラがスーパーチャージャーの整備、運用を始めたのは2012年であるが、そこから10年余り、テスラはデータを蓄積し、EVの開発に生かしてきた。この充電網から得られるデータの活用は、テスラがEVで躍進した理由の一つだ。
NACSが北米におけるデファクト・スタンダードとなることで、スーパーチャージャーを通じて他の自動車会社のEVが持つデータもテスラに集中し、テスラが巨大プラットフォーマーとなるリスクが高まるとの懸念も出ている。つまり、テスラの「GAFA化」だ。
テスラのスーパーチャージャーは現在、北米、アジア、欧州、中東の多くをカバーしている。テスラの決算発表資料によると、2023年4-6月(第2四半期)末時点で、全世界で5000を超える充電ステーションと4万8000以上の充電コネクターを保有している。
●テスラ「スーパーチャージャー」のステーション数とコネクター数出所:決算資料より筆者作成
車のデザイン、ソフトウェアにより常にアップデートされるという斬新さや独創性など、テスラが人々から選ばれる理由はいくつかあるが、他社の追随を許さない大きな要因となっているのがこのスーパーチャージャーである。スーパーチャージャーの利用が増えれば増えるほど、テスラにデータが集中し、それが他のサービス展開や車の開発にメリットをもたらすという仕組みだ。
大型投資をしながらも着実にキャッシュが入るビジネス循環を構築
テスラが7 月19日に発表した2023年4-6月期決算は、売上高が前年同期比47%増の249億ドル、純利益は20%増の27億ドルだった。昨年秋からの値下げ効果で米国や中国での販売が増え、世界販売台数は83%増え、2四半期ぶりの増収増益を確保した。
決算説明のアーニングス・コールにおいて、第2四半期の受注は生産水準に対してどのように推移したのか、また、四半期累計ではどのように推移しているのか、さらに需要拡大のために値下げやその他の販売促進策を講じるタイミングをどのように判断しているのかとの質問に対し、マスク氏は以下のように回答した。
需要が生産にほぼ追いついているため、われわれはリアルタイムでの需要とリアルタイムの生産を目指している。私が受け取る電子メールには全世界の工場からの生産と注文が記載されている。ですから、基本的にはリアルタイムで地球の動きを把握しているようなものだ。そして、私たちは世間のムードに応じて生産計画を調整する。
新車購入は、大多数の人にとって大きな決断だ。そのため、景気に不透明感があると、一般的に新車購入は一時中断し、少なくとも様子を見ることになる。そして、もうひとつの課題は金利環境だ。金利が上昇すれば、借金で買ったものの値ごろ感は低下し、事実上、車の価格は上昇する。
金利が急激に上昇すると、金利の支払いで車の価格が上昇するため、実際には車の価格を下げなければならない。そして少なくとも最近まで、歴史上最も急激な金利上昇だったと思う。だから、われわれはそれを何とかしなければならなかった。誰か世界経済の水晶玉を持っている人がいたら、その水晶玉を貸してほしい。その他、テスラ株への投資については次のように語っている。
今は激動の時代だ。私はテスラの長期的な価値に非常に高い自信を持っている。5倍、あるいは10倍の企業価値向上への道筋が見えている。しかし、その道のりがどうなるのか、試練や苦難、市場のムードなど、誰にも予測はできない。投資のアドバイスとしては、自分が好きな製品を扱っている会社を見極めることだ。良い製品を作り続けるか、素晴らしい製品を作り続けるか。その株を買って持ち続ける。それだけだ。
企業が存在する理由は、商品やサービス、理想的には優れた商品やサービスを作るためだ。それ以外の理由では存在しない。存在すべきではない。だからこそ、良い製品を作り、将来的に素晴らしいパイプラインを持つ企業の株を買うべきだ。これは当然のことだ。そしてもしあなたがその会社の製品やサービスについて確信を持っているのなら、市場がパニックになったら買えばいいし、市場が高揚しすぎたら売ればいい。
ウォーレン・バフェットの言葉を借りれば、上場企業というのは、「おかしな男がやってきて、あなたの家の外に立ち、家の価格を叫ぶとする。だがその価格は毎日変わる。家自体は変わらないのに。株式市場もこのようなもので、扱いが非常に難しい」、この格言はウォーレン・バフェットの功績だ。正直なところ、資本集約的なビジネスで、新技術に巨額の資金を投資しながら、フリーキャッシュフローがプラスというのは非常に大変なことだ。われわれは健全な財務を維持しながら、できる限り多くの事をしようとして懸命に努力している。メガパック(大型蓄電システム)やスーパーチャージ・サービスなど、こうした事業はすべて今期から全体的な収益性に大きく貢献するようになった。
●テスラ(4時間足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●テスラ(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●テスラのキャッシュフロー出所:決算資料より筆者作成
●テスラの現金及び現金同等物
出所:決算資料より筆者作成
自動車メーカーとしては相対的に高い水準を維持していたテスラの営業利益率が直近で10%を割り込んだということが指摘されているが、その一方でテスラのキャッシュフローは第1四半期から増加に転じている。またキャッシュポジションも順調に伸びてきている。ギガファクトリーやスーパーチャージャーなど、他社には真似のできない大型投資をしながらも着実にキャッシュが入るビジネスの循環を作り上げつつあるようだ。
EVの販売に関わる利益率が低下したとしても、シェアが拡大すればするほどテスラの実入りは増えていく。テスラはマスク氏の言う「将来的に素晴らしいパイプラインを持つ会社」の一つであろう。●日本に到着したことをXで投稿
出所:イーロン・マスク氏のX
そんなイーロン・マスク氏が9年ぶりに来日している。17日にX(旧ツイッター)で「すばらしい日本に到着した」と投稿し、東京・江東のアート施設「チームラボプラネッツ」で撮影したとみられる動画や、音楽イベントでの様子も配信した。「リスクは、常に計算し尽くしている。私は息をしている限り、あきらめない。自分が本当に大切だと思えることなら、たとえ周りから何を言われようと最後までやり抜くことだ!」
(イーロン・マスク)
メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
●日経平均CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●NYダウCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●S&P500CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ナスダック100CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ドル/円(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ゴールドCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wpcomstaging.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。