「マーケットの最前線」
2023年7月10日第355回「7割の中央銀行が今後12ヶ月の間に金の保有を増やす!?」石原順
石原順
米国債務の膨張と金価格の歴史
世界の主要金鉱山会社40社がメンバーとなって1987年に設立された非営利組織、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)がまとめた最新のデータによると、5月に多くの中央銀行が金を買い越したことがわかった。最大の買い越しとなった中央銀行はポーランドで、次いで中国、シンガポール、ロシア、インド、チェコ共和国、イラク、キルギス共和国の8つの中央銀行だった。ポーランドは5月に19トンの金を新たに追加したが、これは、ポーランドが金の購入を再開した4月(15トン)に続くものとなった。ポーランドの中央銀行は現在263トンの金を保有している。中国人民銀行は、7ヶ月連続で金の購入量を増やしている。中国は公式には金を2092トン保有しているとしているが、国家外為管理局(SAFE)と呼ばれる組織に数千トンの金を「簿外」で保管しているとされており、公表しているよりもはるかに多くの金を保有しているとされている。
昨年から各国の中央銀行による金の購入量が増加している。2022年の中央銀行による金購入総量は1136トンとなったが、これは、1971年にドルから金への兌換が停止されて以降を含め、記録を遡ることが出来る1950年以来、最も高い水準だった。中央銀行による金の買越しは13年連続だとのことである。●全体の7割の中央銀行が今後12ヶ月の間に金の保有を増やすとしている
出所:ワールド・ゴールド・カウンシル
この流れは今年に入っても継続している。世界の中央銀行が保有する金準備高は、2023年の最初の3ヶ月を通して228トン増加した。これは2013年に記録した第1四半期の記録を38%上回るものとなった。
また、WGCが5月30日に発表した「2023 Central Bank Gold Reserves Survey(2023年中央銀行金準備サーベイ)」によると、調査対象となった中央銀行10行のうち7行が、今後12ヶ月間に金準備高が増加すると考えている。これは昨年から10ポイントの増加だ。準備高を減らすとしたのはわずか1%だった。
この背景にあるのがドルに対する信任の低下だ。ビジュアルキャピタリストの記事「Visualizing Gold Price And US Debt (1970-2023)金価格と米国債を可視化する(1970-2023年)」によると、過去50年にわたり、金の価格は米国の公的債務の増加をめぐる懸念と密接に絡み合ってきた。金は長い間、価値の保存と経済の不確実性に対するヘッジと考えられてきた。
●金価格の推移と米国の公的債務の推移(1970年から2023年)出所:ビジュアルキャピタリスト
米国の公的債務は、力強い経済成長を背景に財政黒字を達成した2000年に約2%減少したのを除き、1970年以降、一貫して年々増加している。米国の借金は1970年の約3億700万ドルから、2023年には史上最高の31兆4000億ドルにまで膨れ上がり、ここ数年は債務上限を引き上げる議論が議会で毎年繰り広げられている。
多額の政府債務の裏には政府が紙幣を増刷したり、政府支出を増やしたりするが、これらはいずれもインフレ圧力となる。こうした状況下においては、インフレに対するヘッジとして金に対して目を向ける投資家が増える。また、連邦政府の債務残高が増えるにつれ、投資家は金融市場の安定性に対する警戒感を高めるため、金のような安全資産を求めるようになる。
●金価格の推移と米国の公的債務の推移(1970年から2023年)
出所:ビジュアルキャピタリストのデータより筆者作成
では莫大な政府債務が積み上がった現在を踏まえ、今後の金価格はどのように推移するのか。WGCが7月6日に公表した「2023Gold Mid-year Outlook 2023: Between a soft and a hard place(2023年ゴールド・ミッドイヤー・アウトルック: ソフトとハードの狭間で)」から確認してみよう。
ソフトランディングとハードランディングの狭間で輝く金
WGCの「ゴールド・ミッドイヤー・アウトルック」では、経済全般の行方に関する市場コンセンサスとして、2023年後半には米国が穏やかな景気縮小に転じ、先進国市場も低成長になると指摘している。しかし、金融政策と経済パフォーマンスの間に歴史的なタイムラグがあることから、投資家はハードランディングがまだ続くのではないかと警戒している。このような背景を踏まえ、上半期に金がプラスリターンであったことを考慮すると、金は引き続きサポートされると予想している。ただし、経済情勢が悪化すれば、金は投資需要が強まるはずだ。逆に、ソフトランディングや大幅な金融引き締めが実現すれば、投資意欲が減退する可能性があるとしている。
今年上半期、金は米ドル建てで5.4%上昇し、6月の終値は1オンスあたり1912.25ドルとなり、金は先進国の株式以外、他のすべての主要資産を上回る結果となった。金は投資家のポートフォリオにプラスのリターンをもたらしただけでなく、上半期を通じて、特に3月に起きた地方銀行の破綻騒ぎの際、資産ボラティリティの低下にも貢献した。
●2023年前半、金はトップクラスのパフォーマンスを示した
出所:ワールド・ゴールド・カウンシル
金が好パフォーマンスを果たした背景には、いくつかの要因が重なったと指摘している。一つは米ドルと金利が比較的安定していたこと、二つ目はイベント・リスクに対するヘッジとなったこと、三つ目は世界各国の中央銀行による継続的な需要があったことだとしている。
欧州中央銀行(ECB)とイングランド銀行(BOE)はともに6月に利上げを実施したが、米FRBは引き締めサイクルの効果を実体経済に浸透させるため、目標金利を据え置いた。市場参加者は、FRBによる年内の追加利上げを予想しており、その可能性は7月が最も高く、その後は持続的な「ホールド」期間が続くとみている。
このようなシナリオが実現した場合、特に上半期の堅調なパフォーマンスを考えると、2023年も金価格は年間を通じてサポートされる可能性が高いが、これまでのレンジから大きく抜け出すことはないかもしれないと述べている。
ただし、インフレが落ち着きを見せる兆しがあるものの、株式市場のボラティリティと地政学的リスクや金融危機などの「イベント・リスク」を考慮すると、金を含むヘッジ戦略を維持する投資家は多いと考えられる。
●PMIが低下する局面では金は株式市場をアウトパフォームする出所:ワールド・ゴールド・カウンシル
一方で、多くの投資家はサプライマネジメント協会(ISM)の購買担当者景気指数(PMI)も将来の弱さのシグナルとして注目している。実際、先進国市場のPMI(製造業とサービス業の両方)はここ数ヶ月悪化している。製造業PMIが50を下回り、低下している場合、金は株式をアウトパフォームする傾向がある。さらに、PMIが45を下回る場合、金のアウトパフォームはさらに顕著になる可能性があることを歴史は示唆している。景気後退リスクが高まれば、金投資の上昇幅は大きくなる可能性がある。景気悪化は、信用状況の引き締めに伴うデフォルトの大幅な増加や、高金利環境のその他の予期せぬ結果によって引き起こされることが想定される。歴史的に、このような時期にはボラティリティが上昇し、株式市場が大きく後退し、金のような高品質で流動性の高い資産への全体的な投資意欲が高まる。
ゴールドは歴史的に景気後退期に良好なパフォーマンスを示してきた反面、ソフトランディングへの期待は、金にとって逆風となり、投資家離れを招く可能性がある。例えば、金ETFは6月に大幅な資金流出を記録した。
●金は歴史的にリセッション期間中に良いパフォーマンスを示してきた
出所:ワールド・ゴールド・カウンシル投資家は、金融政策の影響や景気後退の可能性を評価する際、資産配分においてディフェンシブ戦略を強化することが多い。予想される米景気の縮小が穏やかなものとなった場合、下半期はより中立的なものになる可能性が高い。ただし、世界のマクロ経済の結果を予測することが本質的に不確実であることを考えると、金のポジティブなパフォーマンスは、投資家の資産配分のツールとして重要な要素になりうると考えて良いだろう。
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出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
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日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。