「マーケットの最前線」
2023年7月 3日第354回「好調のテスラ株を売却したキャシー・ウッド」石原順
石原順
テスラの急速充電設備「スーパーチャージャー」が北米を制覇!?
米EV大手のテスラ(TSLA)が開発し、他の自動車メーカーでも採用が進みつつある「スーパーチャージャー」をベースにした北米充電規格(NACS:North American Charging Standard)がEV車向け充電規格の北米における標準規格になる可能性が高まった。
自動車関連規格の標準化に取り組んでいる米国の非営利団体であるSAE Internationalは6月27日、NACSコネクターの標準化計画を発表した。
これにより、あらゆるメーカーとサプライヤーが北米においてNACSを採用、製造、導入できるようになるという。NACSはテスラが自社で開発を進めていた規格であるが、昨年11月、北米での標準規格になることを目指して改名し、規格を公開していた。既に、大手自動車メーカーのフォード・モーターズ(F)やゼネラル・モーターズ(GM)が、このテスラの充電規格に統一する意向を示した他、新興EVメーカーのリヴィアン(RIVN)も先月末、テスラの充電方式の採用を決めた。リヴィアンのユーザーも早ければ来年春からテスラが展開する「スーパーチャージャー」を利用できるようになる。
フォードとGMが合流することでNACSは米EV市場の7割超を占めることになり、その他の規格は淘汰される恐れが出てきた。ウオールストリートジャーナルの6 月 10 日の記事「テスラが勝利したEV充電巡る戦い」によると、テスラはフォードやGMと手を組んだことで、米国で勝利を収めたも同然に見えると指摘している。
新たな技術が実用化される際の規格争いはこれまでにも繰り返されてきた。例えば、ビデオテープ(VHS、ベータマックス)や、ビクトリア朝時代の英国の鉄道線路幅(狭軌、広軌)がいい例だとのこと。勝利を決定付けたのは、充電器の設置数が多いことと、充電がよりスムーズで安定していることだと指摘している。
また、ブルームバーグは6月14日の「テスラで最も抜け目のない製品は充電ネットワーク-市場制覇へ着々」と題する記事の中で、テスラの全ての製品の中で最も抜け目がなく、最も戦略的なのは、派手さのないスーパーチャージャーであることがはっきりしつつあると述べている。
テスラのスーパーチャージャーは現在、北米、アジア、欧州、中東の多くをカバーしている。テスラの決算発表資料によると、2023年1-3月(第1四半期)末時点で、全世界で5000近くの充電ステーションと4万5000以上の充電コネクターを保有している。
●テスラ「スーパーチャージャー」のステーション数とコネクター数
出所:決算資料より筆者作成車のデザイン、ソフトウェアにより常にアップデートされるという斬新さや独創性など、テスラが人々から選ばれる理由はいくつかあるが、他社の追随を許さない大きな要因となっているのがこのスーパーチャージャーだという。テスラが搭載している大容量バッテリーに短時間で充電できる能力の高さが他社にはない人気の秘訣でもある。なぜテスラだけが急速充電を可能にできるのか。
テスラは独自に充電設備を開発し、自社で世界へ整備拡充する戦略をとった。最大の理由はまさにここにある。これは、既存の自動車メーカーや、新興EVメーカーとは異なる点だ。オンラインメディアの「ビジネス+IT」の2月21日の記事「テスラEVシェア65%...実は人気の秘訣が「充電設備」と言える"最大の強み2点"とは」によると、独自のEV充電規格であるスーパーチャージャーと、きめ細かな充電ステーションの配置、この2つによってテスラは明確な卓越性を示していると指摘している。
まず、後者のきめ細やかな充電ステーションの配置について。テスラは利便性の高い場所へ充電ステーションを戦略的に設置し優位性を高めている。ライバルの充電ステーションの場合、費用面を重視することから、必ずしも利便性の高い場所に展開されているわけではなく、また、視覚的にも見つけるのが困難な場所にあることが多い。
一方のテスラは、自社のEV普及のためにコストを惜しまず充電施設に投資している。これは、ステーションの設置・運営とEV事業経営の目的を一体化させた独自のアドバンテージだと述べている。具体的には、国立公園などの観光地や都心の便利なロケーション、そして主要高速道路沿いに設置しているほか、住宅地に近く利便性の高い場所を選んでステーションを配置している。またWebサイトやアプリを使って充電施設を丁寧に案内しているという。ユーザーが充電ステーションを検索しなくても自動的に最寄りの施設を教えてくれたり、目的地を入力した場合は、到達までに何回充電すべきで、どこのステーションに立ち寄るべきかを提案したり、さらには提案した充電時点での推定バッテリー残量や推定充電時間も示してくれるそうだ。
しかし、最大の強みは、競合よりも高速充電が可能な機能性と、故障率の少ない信頼性の高さにあると記事は指摘している。テスラのスーパーチャージャーは最速充電スピードが250キロワット時と、一般的な充電設備の5倍の能力を提供している。このため、200マイル(約320キロメートル)分の充電を15分以内で完了することができる。この能力の高さが、テスラの高級ブランド形成に大きく寄与しているという。
テスラ株を売却する一方、AMDを取得したキャシー・ウッド氏
テスラ株を積極的に買い入れていたキャシー・ウッド氏が、ここに来て、テスラ株の一部を売却していることが明らかになった。アーク・インベストメントが公開している日々の取引を追ったサイト(Ark Invest Daily Trade)によると、6月30日に計72,183株を売却したとのこと。この日のテスラ株の終値261.77ドルをベースに計算すると約1,889億ドル相当となる。
アーク・インベストメントは傘下にアーク・イノベーションETF(ARKK)やアーク・次世代インターネットETF(ARKW)、アーク・オートノマス・テクノロジー&ロボティクス ETF(ARKQ)を含む8本のETFを運用しているが、先月1ヶ月だけで63万株以上のテスラ株を処分している。
年初からの売買履歴を辿ると、6月末時点で依然として約60万株程度の買い越しではあるものの、売買された当日の終値で算出した概算の損益は約712万ドルのプラスとなっている。●年初からのアークによるテスラ株売買(青=買いと黄=売り)とテスラの株価(赤)の推移
出所:各種データより筆者作成バロンズの記事「Cathie Wood's ARK Sold More Tesla Stock, Buys AMD(キャシー・ウッドのアーク、テスラ株を売却しAMDを購入)」によると、アークはテスラ株を現金化する一方、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)等、半導体関連を新たに追加しており、先月だけでAMDを23,159株、今年に入ってからの合計では240,000株近くを買い入れている。
●テスラ(日足)
メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●AMD(日足)
メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
現段階では、AI用チップの主要なサプライヤーとしてはエヌビディア(NVDA)が先行しており、AIに取り組む企業はエヌビディア製のGPUを買い取ろうと躍起になっている。調査会社トレンドフォースの調べによると、オープンAIがChatGPTを商用化するために必要とするエヌビディア製のGPUは3万個以上になると指摘されている。
一方、生成AIに使われる半導体チップをめぐってAMDがエヌビディアと勝負すべく新たな動きに出てきた。6月13日に「Data Center and AI Technology Premiere」という名称のイベントを開催し、データセンター用の新製品「Instinct MI300」を披露した。高性能コンピューティング向けの「スーパーチップ」 で、中央演算処理装置(CPU)、画像処理半導体(GPU)、メモリー(記憶装置)を一つの半導体パッケージにまとめたものだ。
ヤフーファイナンスの記事「AMD CEO on new AI superchip: This is 'incredibly powerful' technology(新型AIスーパーチップについてAMDのCEOが語る: これは「信じられないほど強力な」技術である」)によると、AMDのリサ・スーCEOはこのチップの目的について「AIをもっともっと身近なものにすることだ。そのため、AIを使いたい人は皆、より多くのGPUを必要としている。私たちは、信じられないほど強力で、非常に効率的なGPUを持っており、AI市場で重要な勝者になると信じている。」と語った。ただし、このチップの主要顧客向けの「サンプリング」が始まるのは7-9月期(第3四半期)以降になる予定で、大量出荷の本格開始は2024年半ばごろまでは実現しない可能性がある。それはエヌビディアの競合製品が発売されてから約1年半が経過したタイミングになる。エヌビディアはベースとなるソフトウエアコードをはじめとする主要技術を開発しており、この分野におけるリードは大きいため、エヌビディアが先行企業としてさらに突き放しをかけている可能性もある。
しかしその一方でエヌビディアの代替を探す動きは確実にある。AMDは明らかにその選択肢となりつつある。既にアマゾンがAMDの最新製品の採用を「検討している」と報じられている。AMDはパソコンに搭載されるCPUの分野においてインテルの牙城を切り崩した実績を持っている。AI専用チップの分野でも同様のシナリオが再現されるのだろうか。メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
●日経平均CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●NYダウCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●S&P500CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ナスダック100CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ドル/円(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ゴールドCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。