「マーケットの最前線」
2023年4月24日第344回「20日に時価総額7兆円を失ったテスラの決算と2つの難題」石原順
石原順
約3年ぶりの減益となったテスラの2023年第1四半期
米E V(電気自動車)大手のテスラ(TSLA)が20日、自社のウェブサイトを更新し、高級車種である「モデルS」と「モデルX」の米国における販売価格を2〜3%引き上げた。この上級モデル2車種についても2023年に入ってから数回値下げを実施していたが、一転して価格を引き上げた。一方、普及価格である「モデル3」については価格引き下げを継続している。
●テスラの売上高と純利益の推移(四半期ベース)
出所:決算資料より筆者作成
テスラの第1四半期(2023年1-3月期)は売上高が前年同期比24%増の233億2900万ドルだった一方、純利益は25億1300万ドルと、前年同期比で24%減少した。四半期ベースで前年実績から減益となるのは2019年10-12月期以来、約3年ぶりとなる。
懸念されるのは利益率の低下だ。自動車メーカーとしては異例の利益率を誇っていたテスラの営業利益率が下落しており、直近の四半期においては11%台と前年同期(19.2%)に比べて大きく切り下げている。
この四半期における自動車関連の売上高は18%増の199億6300万ドルだった。EVの世界販売台数は36%増の約42万台。販売台数の伸びに比べて売上高の伸び率は低くなっている。つまり、価格の引き下げが収益に直接的に影響しているのが確認される決算となった。●テスラの営業利益率の推移(四半期ベース)
赤:テスラ グレー:自動車セクター 青:S&P500出所:テスラ決算説明資料
テスラはメーカー直販の体制であるため、EV価格を細かに調整することが可能だ。米国における主力車種の値下げだけではなく、中国でも価格を引き下げている。イーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、一連の値下げ策について、短期的な収益水準よりも販売拡大を優先していくと説明している。
決算発表資料の中では次のように述べている。現在のマクロ経済環境において、私たちは今年をテスラにとってチャンスとなるユニークな年として捉えています。多くの自動車メーカーが各社のEVプログラムのユニットエコノミーを活用し課題克服に取り組む中、コストリーダーとしてのポジションを活かすことを目指します。私たちは、急速に成長する生産、自律性への投資、車両用ソフトウエアを提供し、成長投資を軌道に乗せることに重点を置いています。
当社の短期的な価格戦略は、自律走行、スーパーチャージ、コネクティビティ、サービスによるテスラ車の潜在的な生涯価値を考慮し、車両1台あたりの収益性を長期的な視点で検討するものです。
直面する2つの難題をテスラはどのように乗り切るのか?
背景にあるのはライバルである中国BYDの動きだろう。18日に開幕した上海モーターショーにてBYDの新型EV「シーガル」が公開された。「シーガル」は中国で最も安価な乗用EVの1つになると期待されており、日本円にして約153万円と脅威のコスパを誇っていると話題だ。テスラはその「シーガル」の発売前に競合車となる「モデル3」を出来るだけ売っておくという算段であろう。
確かに市場シェア獲得という戦略は明快だ。EV市場が拡大する中、TSLAが同業他社に先駆けてシェア拡大を図ろうとしている。しかし、マーケットは目先の財務状況の悪化を嫌気し株価は大きく下落している。
●TSLA(日足)メガトレンドフォローver2.0の売買シグナル
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター●TSLA(日足)マーケットナビゲーターの売買シグナル
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●TSLA(週足)マーケットナビゲーターの売買シグナル
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
順調に伸びていたキャッシュフローも低下に転じている。
●テスラのキャッシュフローの推移(四半期ベース)赤:FCF 青:営業CF出所:テスラ決算説明資料
新エネルギー車の販売をめぐっては、テスラと中国BYDの2強が他社を大きく突き放している。2022年上半期(1~6月)のBYDの販売台数は前年の4倍強となる64万1000台で、テスラの56万4000台を上回った。
●2022年上半期の新エネルギー車世界販売台数出所:各種データより筆者作成
ただし、これはBEV(バッテリー式電気自動車)とPHEV(プラグインハイブリッド式電気自動車)を合わせた販売台数である。BEVに限れば、BYDの販売台数は約32万台とトップのテスラに20万台以上の差を付けられている。
フォーブスの記事「中国のEVメーカーBYD創業者が語るテスラを追い抜けた理由」によると、BYDは傘下のBYDセミコンダクターでEV向けのチップを製造しており、競合企業がチップ不足にあえぐ中でも、それを回避できた。調査企業のアライド・マーケット・リサーチは、世界のEV市場が2030年までに8240億ドルに達すると予測し、「垂直統合がBYDに長期的な力を与え、小規模なライバルを駆逐する」と述べている。
また、EV市場の先行きにはリチウムなどバッテリーに使われる原材料の高騰という懸念も横たわる。ウォール・ストリート・ジャーナルの記事「米EV販売急増 テスラに猛追の既存メーカー」によると、EV販売は好調に伸びているものの、リチウムなどバッテリー材料の高騰で各社が車両の値上げを余儀なくされており、需要減退につながりかねないなど課題もあると指摘している。
ライバルとの競争及びコスト上昇という2つの難題にテスラはどのように取り組んでいくのか。引き続き見極めたい。マーケットナビゲーターの売買シグナル(ピンク:買いトレンド・シアン:売りトレンド)
●NYダウCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●S&P500CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ナスダック100CFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ドル/円(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ユーロ/ドル(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●ゴールドCFD(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。