「マーケットの最前線」
2022年12月19日第327回「ルイ・ヴィトンのベルナール・アルノーが世界長者番付のトップに!」石原順
石原順
ドル高でフランスの高級ブランドの業績が好調
テスラ(TSLA)のイーロン・マスクCEOが14日、自社株を追加で売却していたことが、SEC(米証券取引委員会)に開示された報告書で明らかになった。マスク氏は12月12から14日までの3日間で、自らが保有するテスラ株のうち、約2200万株、36億ドル相当を売却した。
10月のツイッター買収以降、まとまった規模のテスラ株を売却するのは2回目となる。11月には約40億ドル相当を売却しており、年初からの売却額は400億ドル近くとなる。今回の売却理由は明らかにされていないが、テスラ株の価格が低迷する中、さらなる売却があればより需給悪化が懸念される。
●テスラ(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
テスラの株の下落はイーロン・マスクの資産にも影響を及ぼしている。米ブルームバーグ通信が毎日更新している世界長者番付「ビリオネア(億万長者)インデックス」のによると、直近(12/18時点)のイーロン・マスクの純資産は1560億ドルとなり、年初来で1140億ドル減少した。昨年秋以降、イーロン・マスクはトップを維持してきたが、13日には首位の座を明け渡して2位に後退した。●ブルームバーグ「ビリオネアインデックス」トップ10(12月18日時点)
出所:ブルームバーグ
イーロン・マスクに代わり首位に躍り出たのが、フランスの高級ブランドLVMHモエ・ヘネシー・ルイヴィトンのCEOを務めるベルナール・アルノーだ。ブルームバーグ・ビリオネア指数によると、18日時点の純資産は1630億ドル。ベルナール・アルノーはもちろんこれまでもビリオネアインデックスの常連ではあったが、首位となったのは初めてのことである。
LVMHはシャンパンの「ドン・ペリニヨン」や「クリスチャン・ディオール」、「ルイ・ヴィトン」、「ティファニー」など75の高級ブランドを傘下に持つコングロマリットで、仏のパリに本拠地があり、ユーロネクストパリに上場している。欧州経済が低迷する中、ベルナール・アルノーの資産も減少してはいるものの、年初からの減少幅は米国のハイテクビリオネア達に比べると小さい。新型コロナウイルス危機からの経済再開が世界各国で進む中、高級品に対する需要は底堅い。LVMHが10月11日に発表した2022年7-9月期の決算は、売上高が前年同期比19%増の198億ユーロと市場予想を上回る伸び率となった。LVMHの時価総額は3473億ユーロと、日本円にして50兆円を超えており、米ウォルマートやP&G、エクソンモービルなどと同水準である。(日本企業の時価総額トップ、トヨタ自動車は約32兆円)
●LVMH(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●LVMHの売上高と純利益の推移(単位:百万ユーロ)
出所:各種資料より筆者作成以下は2021年のLVMHの地域別売上高を示したものである。意外にも米国での売上が約4割と他の地域に比べて高いのが印象的だ。欧州は高インフレで購買意欲が低下している一方、コロナウィルスの感染拡大を防ぐための行動規制が残っている中国では、規制が緩和されつつあるとはいえ、人々の出足は鈍っているという。
●LVMHの地域別売上高割合(2021年)出所:各種資料より筆者作成
ウォール・ストリートジャーナルの12月18日の記事「ドル高で殺到の米国人、欧州ブランドの救世主に」によると、米国人がホリデーシーズンのショッピングを目当てに欧州各地の高級ブティックに押し寄せているという。背景にあるのはドル高で、中国人観光客による「爆買い」の消えた穴を埋めるのに一役買っている。
記事では、決済企業プラネットの付加価値税(VAT)還付データをもとに欧州での米国人観光客の支出を算出。それによると、ブラックフライデー(米感謝祭翌日の金曜日、今年は11月25日)の週、欧州における米国人観光客による支出は新型コロナウイルスのパンデミック前の2019年の同時期に比べて40%以上増えたとしている。平均支出額は1244ユーロ(約18万円)で、こちらも19年の500ユーロから大幅に増加している。
パリの高級デパートはこれまでアジア人客をターゲットにしてきたが、今は米国人の呼び込みを競い合っているそうだ。ベイン・アンド・カンパニーは11月のアナリストリポートで、今年の欧州での米国人の高級品支出が2019年の2.3倍に上るとの推計を示すと同時に、2022年の世界の高級品支出のうち、米国人が占める割合は32~34%と、19年の22%から大幅な上昇が見込まれているとしている。
一時のドル高は落ち着いてはいるものの、このところのドル高は米国人の高級品に対する購買意欲に火をつけたようだ。ドル高の影響はこんなところにも表出している。
イーロン・マスクが売ってキャシー・ウッドが買っているテスラ
CEOであるイーロン・マスクがテスラ株を売却する一方、アーク・インベストメントのキャシー・ウッドはテスラ株を買い増している。ブルームバーグによると、アークの代表的なアクティブ運用のETF、「アークイノベーションETF(ARKK)」を含むアークのファンドは14日時点で、テスラ株7万5000株近くとコインベース株約29万7000株を購入し、10月に開始した押し目買いを続けているとのことだ。
革新的なイノベーションに投資するというアーク・インベストメントの理念は素晴らしいが、投資家たちはARKKから離れ始めている。ウォール・ストリートジャーナルの12月18日の記事「ウッド氏の旗艦ETF、ついに離れ始めた投資家」によると、11月30日だけで1億4600万ドルが引き揚げられた。1日の流出額としては今年最大級の規模だとしている。6~11月の6カ月のうち、その半分となる3カ月で資金が流出し、運用資産は7650万ドルの純減となった(ファクトセット調べ)と指摘している。
●アークイノベーションETF(日足)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター年の前半、投資家は「押し目買い」の掛け声に呼応し、1~5月の全ての月においてARKKに資金を流入させた。このため、市場が急落する中でも、運用資産は18億9000万ドル(約2600億円)の純増となった。しかし、押し目買いした投資家は今年、痛い目に遭っており、そうした人々の一部はついに確信を持てなくなり、現在、投資家の熱意は冷めつつあると。
ARKKの組入銘柄のトップは、ビデオ会議システムの米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズ(ZM)、EV大手テスラ、がんの早期発見や診断を手がけるエグザクトサイエンス(EXAS)、メディアストリーミング技術を手がけるロク(ROKU)、そしてスクエアから社名を変更したブロック(SQ)などだ。
●アークイノベーションファンドの組入銘柄トップ10(12月16日時点)出所:アークイノベーションHP
キャシー・ウッドは常々、こうした企業は世界を変える可能性があると述べており、ズームに関して2026年には株価が1500ドルに迫ると予想しているそうだ。なお、先週金曜日(16日)時点の株価は70ドルを割り込んでいる。こうした苦境を背景に、キャシー・ウッドの旗艦ファンドに逆張りするファンドも誕生したそうだ。ブルームバーグの記事「キャシー・ウッド氏に逆張りするファンド、上場1年でプラス111%超」によると、キャシー・ウッドのETFとは逆のパフォーマンスを狙う「AXSショート・イノベーション・デーリーETF(SARK)」は上場後1年で111%を超える上昇となったという。ブルームバーグのデータによれば、過去1年に上場したETF約450本の中で2番目に良い成績だそうだ。
マーケットナビゲーターの売買シグナル(↑:買いシグナル・↓:売りシグナル)
●日経平均CFD(日足)
●NYダウCFD(日足)
●S&P500CFD(日足)
●ナスダック100CFD(日足)
●ドル/円(日足)
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。