「マーケットの最前線」
2022年12月12日第326回「自由貿易はほぼ死んだというTSMCは半導体の生産拠点の分散へ」石原順
石原順
半導体セクターの在庫調整はTSMCにどの程度の影響を与えるのか?
ファウンドリー世界最大手、台湾のTSMC(TSM)は9日、11月の売上高が2227億台湾ドル(約9900億円)と前年同月比50%増加したと発表した。
遡ること約2ヶ月前(10月13日)、TSMCは2022年第3四半期の決算を発表した際、第4四半期にかけて売上の伸びが鈍化するとの見通しから、今期の設備投資計画を下方修正した。背景にあったのは、スマートフォンやパソコンを中心とした民生品向けの半導体の在庫調整の影響だ。
TSMCはスマートフォンやパソコンセクター及び半導体セクターの在庫調整が2023年前半まで続くと見ており、こうした半導体セクターの在庫調整が民生品向けにとどまるのか、好調を維持しているデータセンターなどを含めた産業向けに波及するのかが今後のポイントとなる。●2022年のTSMCの月別売上高と前年同月比
出所:TSMCホームページより筆者作成●TSMC(日足)
メガトレンドフォローver2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:tradingview・石原順インディケーター
今回発表された11月の売上高は前年同月比で5割増と大幅な伸びが続いている。ここまでのところ2022年の平均売上高増加率(前年同月比)は44.6%に達している。おそらく値上げが浸透していることで、TSMCは業界の在庫調整の影響を大きく受けていないのではないかと考える。12月に大きな落ち込みがあるのかどうか見極めたいところである。
その一方でTSMCは、半導体の生産拠点の分散を進めている。米国や日本に新たな生産工場を設けることを発表し、すでにそれぞれの政府との取り組みを進めている。6日には、米国アリゾナ州への総投資額を従来の計画に比べて3倍強となる400億ドルにすると発表した。TSMCの創業者で業界のゴッドファーザーと呼ばれるモリス・チャン氏は、「地政学的な変化があった。自由貿易はほぼ死んだ」と言及した。TSMCの新たな拠点建設を祝う式典に出席した米バイデン大統領は、「(半導体産業を巡る)ゲームチェンジャーになりえる」と強調した。2つの工場が完成するとアリゾナ拠点の売上高は年100億ドル規模になるという。同じく式典に出席したアップル(AAPL)のティム・クックCEOは「非常に重要な瞬間だ。米国が先進的な製造業の新時代を切り開くチャンスになる」と述べた。また、次のようにツイートした。
●アップルのティム・クックCEOのツイッター
出所:ツイッター
Apple シリコンは、ユーザーのために新しいレベルのパフォーマンスをもたらすだろう。そして間もなく、これらのチップには「Made in America」のスタンプが押されるようになる。アリゾナ州にある TSMC の工場の開設は、米国における高度な製造の新時代を象徴するものであり、最大顧客になることを誇りに思う。TSMCはモバイル化の波から大きな恩恵を受け、アップル向けの半導体チップを製造するようになった2014年以降、収益が顕著に伸びている。アップル向けのチップを生産することによって、TSMCの製造技術が向上し、エヌビディアやAMD等、高度なノードを求める顧客にも対応できるようになった。アップルがTSMCに最先端の半導体チップの製造を大量発注していたからこそ、TSMCは先進的なノードの半導体製造でトップを走ることになった。
半導体セクターの株価は今年に入り軟調な展開が続いている。TSMC株も昨年の上昇分をほぼ帳消しにするところもあった。しかし、著名投資家であるウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハザウェイ(BRKKB)がTSMC株式を保有したことが明らかになると切り返す動きとなっている。
バークシャーは9月末時点で株数にして6010万株、額にして約41億ドルのTSMC株を保有、バークシャーの保有株トップ10に一気に躍り出た。
●バークシャーが持つ上場株式の保有割合(9月末時点のフォーム13Fより)
出所:フォーム13Fより筆者作成●バークシャーハサウェイB株(日足)
メガトレンドフォローver2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)出所:tradingview・石原順インディケーター
TSMCは1987年の設立以来、35年間にわたって半導体の受託製造という「一つの井戸」を掘って競争力とサービス水準を高めてきた。その影にはバフェットの上場株ポートフォリオの4割を占めるアップルの存在があったと言える。
バリュー投資の父グレアムの教え
バフェット氏は「バリュー投資の父」と呼ばれる経済学者のベンジャミン・グレアム氏からコロンビア大学で教えを受け、一般的には割安株を長期的に保有する「バリュー投資家」であると考えられている。1993年のバークシャーの「株主への手紙」の中で次のように言及している。(Strainerの記事「バフェットの投資に対する考え方」より一部引用)
株式を評価する数学的計算は難しくないが、経験豊富で優秀なアナリストでも将来の利回りを間違えて見積もってしまうことがある。バークシャーではこれを避けるために2つの方法を取っている。まず、自分たちが理解できる事業にこだわること。そのためには単純で安定している必要がある。もしその事業が複雑でわかりにくいならば、将来のキャッシュフローを予測するのは難しい。投資において重要なのはどれだけ多くのことを知っているかではなく、むしろ何を知らないかを知っておくことなのだ。大きな間違いを避ける限り、投資家がやるべきことはとても少ない。
もう1つの方法として同じくらい重要なのは、購入する際に「安全域」にこだわること。もし、普通株の価値がその価格よりわずかに高い程度なら買わない。この原理こそがベン・グレアムが投資成功の礎石として強調していたことだ。
ベンジャミン・グレアムの著書「証券分析」には、投資のための20の黄金律がまとめられている。簡単に紹介していこう。
①感情を抑える
投資を成功させるために、高いIQや並外れたビジネス洞察力は必要ない。必要なのは、知的な判断を下し、感情を抑えることができる優れた戦略だ。
②規律と勇気を持つこと
短期的に投資がどのように行われるのかより、あなたがどのように行動するかの方がずっと重要だ。規律と勇気を持ち、周りの雑音に影響されないようにしよう。
③逆張りをすること
知的な投資家は、楽観主義者に売り、悲観主義者から買う現実主義者である。知的な投資家は、市場のパニックによって優良企業の価格が素晴らしいものになる場合があることを認識すべきだ。
④ファイナンシャルプランを持つ
市場に勝っているかどうかは重要ではない。重要なのは、あなたが望む場所に到達するためのファイナンシャルプランを持つことである。
⑤弱気相場はチャンス
市場の動きが愚かであればあるほど、投資家にとっては大きなチャンスとなる。弱気相場は、その時に気づかないが、あなたを大金持ちにしてくれる。
⑥オーナーはあなただ
投資せよ。投機してはいけない。投資家として、あなたは投資先企業の一部を所有している。そのように行動せよ。
⑦今回は違うはない
異常な好況や異常な悪況は、いつまでも続くものではない。長期的に見れば、株式市場は資金を投入するのに最適な場所となる。
⑧ファンダメンタルズに注目する
長期的には、株価は企業の基本的な業績に追随する。ボラティリティを上手に利用する。
⑨自分自身に集中する
投資とは、他人のゲームに勝つことではない。自分自身のゲームを自分でコントロールすることだ。常に自分の投資計画や目標に忠実であれ。
⑩ミスターマーケットを上手に利用する
ミスターマーケットはあなたに奉仕するために存在する。ボラティリティを有利に使おう。市場はあなたの便宜のためにあり、利用することも、無視することもできる。
⑪トレードし過ぎてはいけない
証拠は明らかだ。トレードすればするほど、残るものは少なくなる。最高の投資家とは、死んだ投資家である。
⑫コストの問題
あなたが支払うすべての税金とコストは、あなたの投資成果を損なうことになる。できる限りコストを抑えるようにしよう。手数料が年間資産の1%以上かかるようなら、おそらく別のアドバイザーを探した方がいい。
⑬株を買うにも、売るにも、それなりの論拠があること
上がったから買う、下がったから売るということは絶対にしない。投資条件が変わったとき、あるいはもっといい機会が見つかったときだけ、株を売買する。
⑭本質的価値より安く買う
株を安く買えば買うほど、安全マージンは高くなります。本質的な価値に比べて割安に取引されている銘柄を買うようにする。
⑮過大な支払いをしない
素晴らしい会社でも、払い過ぎれば素晴らしい投資とは言えない。企業の現在の評価額と過去5年間の平均評価額を比較することは、良いスタートとなる。
⑯投機はしない
投資する人は、自分のためにお金を稼ぐ。投機する人はブローカーに儲けさせる。
⑰価格変動を受け入れる
価格変動は、真の投資家にとって、ただ一つの重要な意味を持つ。それは、株価が急落したときに賢く買い、株価が上がりすぎたときに賢く売る機会を与えてくれることである。
⑱パニックを上手に利用する
弱気相場や株式市場の暴落はチャンスを生み出す。
⑲忍耐力を持つ
長期的な考え方を持っていれば、日々の株式市場の変動は気にならないはずだ。ディフェンシブな投資家は、弱気市場の残骸を辛抱強く冷静に見つめることで、常に繁栄することができる。
⑳成功する投資とは、リスクを管理すること
成功する投資とは、リスクを回避することではなく、リスクを管理することである。
マーケットナビゲーターの売買シグナル(↑:買いシグナル・↓:売りシグナル)
●日経平均CFD(日足)
●NYダウCFD(日足)
●ナスダック100CFD(日足)
●ドル/円(日足)
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wordpress.com/
を参照されたい。
石原順 プロフィール
1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファン ドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市 場に参入し活躍する。
相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当 する現役ファンドマネージャーとして活躍中。