「マーケットの最前線」
2022年11月28日第324回「中国は迫り来る"危険な嵐"に備えて姿勢を転換、これは資本市場にとって何を意味するのか!?」石原順
石原順
過去最高に積み上がる個人の債務残高
ニューヨーク連銀が15日に発表した第3四半期の家計債務と信用調査によると、個人の消費支出は引き続き強い傾向にある一方、クレジットカード残高が前年同期比で15%増と大幅に上昇したことがわかった。カード債務の延滞率は低水準ではあるものの、物価上昇のあおりで消費者が借り入れを増やし過ぎている可能性があり、消費者需要を支えてきたキャッシュバランスが一部の家庭で底を突いている可能性もある。クレジットカードと個人ローンの30日以上延滞率は今のところ、パンデミック前の水準を下回っているものの、いずれも6%程度に迫るところまで上昇してきている。
●クレジットカード(赤)と個人ローン(緑)の30日以上延滞率
出所:WOLFSTREET次のグラフは、住宅ローン、自動車ローン、学生ローン、クレジットカード残高、その他の消費者ローンなどの残高の推移を示したものである。FRBのパウエル議長はたびたび「消費者のバランスシートは健全だ」と発言しているが、過去最高水準に積み上がった債務残高については見て見ぬふりをしているということなのだろうか。金利の上昇がどこまで許容されるのか、甚だ疑問である。
●債務残高の推移
出所:ニューヨーク連銀中国が抱える8つの課題
中国でゼロコロナ対策としてロックダウンが強化される中、住民による抗議行動が各地に広がっている。インターネット上のSNSには、警備を行う警官と一般市民との間で起きている衝突の様子を写した動画も投稿されている。27日夜には、上海市で習近平国家主席の退陣を求める異例のデモが発生した。北京にある習氏の出身大学でも学生が抗議行動を起こしたと言う。
世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツの創設者であるレイ・ダリオは16日、習近平や中国の指導者たちが、迫り来る「危険な嵐」に備えて姿勢を変化させてきており、こうした転換が資本市場にとって何を意味するのかをまとめたコラムをリンクトインに投稿した。
タイトルは「China's "Dangerous Storm" Coming: The Eight Big Challenges Facing China and the People Chosen to Deal with Them(中国に「危険な嵐」が迫る:中国が直面する8つの大問題と、それに対処するために選ばれた人たち)」である。簡約したものを一部抜粋してご紹介したい。習主席は第20回党大会の開幕演説や党大会前後の著作で、中国はa)その先にある「危険な嵐」に直面しなければならない、b)今世紀半ばまでに地域および世界の大国になる目標を追求する、c)経済政策の決定を市場からより国家に移行し続ける、と明言した。別の言い方をすれば、今後の方針や指導部の変化は①習の指導力のもと見解の多様化から統一化へ、②力を隠すのではなく誇示へ、③繁栄追求のための自由市場経済を進めるのではなく、安全・共同繁栄追求のための国家管理経済への移行である。
今のところ、これは180度の転換というより、過去10年間に習近平が追求してきた政策から45度転換したように見えるが、それがどこまで進むかは、嵐がどの程度ひどいかによるだろう。
ダリオ氏は中国には1984年から38年間にわたって中国との付き合いがあり、紀元前221年の秦の建国以前からの歴史の研究を通じても中国を見てきたと言う。ダリオ氏にとっては、今現在、中国で起きていることは、永遠に続く物語の最も新しい展開に過ぎないとしており、中国に危険的な嵐が迫っていることを示す8つの大きな課題を次のように指摘している。
押し寄せる大きな嵐となる中国の8大課題
1)不動産と債務の問題が、金融システムを通じて経済の骨子にまで及ぶことだ。不動産は経済の約25%、富の70%を占めているので、不動産が下落することによる直接的な影響は大きい。また、地方自治体の財政、金融機関、企業への影響など間接的な影響もある。要するに、この問題への早期対処が不十分であったために、こうした債務問題が蔓延し、その解消が困難になっていると考えている。ほぼ全ての債務が自国通貨建てであり、90年代後半以降の豊富な債務再編の経験もあるので、対応できることは間違いないが、うまく処理すれば2~3年かけて一掃されると予想している。その場合でも、多少の傷跡は残るだろうが、長い目で見れば、教訓として残るので、悪いことよりも良いことの方が多いだろう。2)COVIDとCOVID政策が経済を弱体化させ、場合によっては不満の声が上がっている。中国以外の人々は一般的にCOVID問題を単純化しすぎ、問題の一面だけを見る傾向があるため、不必要に面倒な政策をとっている批判しているように見える。彼らにとっては、COVIDの規制が多い=経済が弱い、それだけなので、中国は規制を少なくして経済を強くするべきだと思っているのだろう。しかし、中国には高齢者が多く(65歳以上の人は1億7500万人程度)、ほとんどの人が予防接種を受けていないし、受けようともしない。それは、この病気で亡くなった人がほとんどいないため、ワクチンを接種するとかえって害になるのではないかと心配するためだ。また、中国の医療システム、病院などには、大量の人を処理する能力がないと聞いている。老人は弱者で保護されていないため、また医療システムがたくさんのCOVIDの老人を十分に処理する準備ができていないため、これは簡単な問題ではない。私は、彼らが製造し、投与できるワクチンを既に開発したと聞いている。自分が調べたところによると、その準備には6ヶ月くらいかかるが、死亡を防ぐために良い有効率(〜92%)のようだ。識者によると、このCOVIDの問題は、今後2、3年の間に徐々に影響が小さくなっていく可能性が高いようだ。
3) 中国の政策立案者が資本主義、ハイテク企業、富裕層に対して行っていることは、市場や経済に直接的、間接的に悪影響を与えている。直接的な悪影響は、政府の政策変更の結果、ファンダメンタルズが変化し、企業の業績や市場に影響を及ぼしていることである。これは財務諸表や市場に客観的に現れるが、中国の政策立案者が言うとおりに行動し、地平線上に差し迫った嵐が米国との緊張を大きく悪化させないのであれば、今の価格は非常に割安である。間接的な影響としては、こうした政策転換が改革開放政策からの180度転換であるとの懸念がある。習近平はマルクス・レーニン主義的な考え方を踏襲したいと語っているが、欧米人には毛沢東時代の経済・市場政策に戻るように聞こえるのは当然である。つまり、ビジネスマンや投資家が抱いている大きな疑問は、「中国は今後も外国人に開かれた資本主義の友好的な環境であり続けるのか」ということだ。資本主義と共産主義のバランスを正しくとるための重要な変更が行われている一方で、情報を持たない多くの人々は、この動きを資本市場や起業家精神の放棄と誤解しているのだ。それは、決して真実から遠いことではない。起業家精神と効率的な資本市場が中国にとって有益であることは、今や中国の指導者の間で広く受け入れられている。それでも、資本家や資本市場にはそれは(今の中国の政策は)リスクであると捉えており、市場に悪影響を与えている。
共同富裕については、大富豪にとっては経済的に不利になるが、機会の均等化が生産性を上げ、安定性を高めるので、うまくやれば良いことだと思いう。問題は、この共同富裕への動きがどのように機能するかということだ。例えば、今の中国にはキャピタルゲイン税や相続税がなく、所得税制度や社会支援制度、規制制度も十分には進んでいない。中国の政策立案者は、自国民と世界が理解できる「共同富裕」を生み出すシステムを開発することができるし、そうすべきである。それは、政策の転換が曖昧で唐突なことが大きな問題を引き起こすからである。今は、「共同富裕」の明確なプランよりもコンセプトが先立っているので多くの人がその最悪のシナリオを想像している。
4)米国との諍いが経済活動に悪影響を及ぼしている。米国と中国は今、貿易戦争、技術戦争、地政学的影響力戦争、資本・経済戦争に陥っており、今や軍事戦争に危険なほど接近している。これは、ちょうどすべての人を脅かし、活動を麻痺させ、色々な方法で自国内での自給自足を目指すという非効率性をもたらし、経済性は犠牲になっている。中国、いや、もっと言えば米国が何をするかわからないという外国人の恐怖心が、中国への投資や生産に悪影響を及ぼしている。
米国との戦争がより激しくなる可能性があるだけで、世界に悪影響を及ぼしているのだ。もし、中国への投資や生産、中国製品の購入が、ロシアのような状況になったらと想像してほしい。米国政府がそのようなこと(制裁)をしないとしても、その可能性を疑う人はいないはずだ。その可能性があるからこそ、企業はインドやベトナム、メキシコなど他の国に生産をシフトしているし、投資家も同じように動いている。また、以前から言われているように、戦争の可能性があるため、中国の指導者はコスト効率よりも自給率を優先するようになっており、これは米国でも起こっていることで、実質的な成長には不利な状況だ。さらに心配なのは、共和党が支配する新しい下院で、台湾独立を支持する法案が可決される可能性があると聞いたことだ。これは中国にとって宣戦布告に等しく、中国との何らかの軍事衝突につながる可能性が極めて高い。その可能性があるということは、それが実現するかどうかは別として、有害な結果をもたらすことにつながる。2024年の米国と台湾の選挙、日本の再軍備、その頃の世界経済状況の悪化の可能性などから、2024年から25年は特に危険な時期であると言える。軍事戦争が起こりうるという認識だけでも、市場や経済活動にマイナスの影響を与える。それが現実となれば悲惨なことになるのは明らかだ。良いことは、賢明な人々、つまり今でも権力を持つほとんどの人々が、これが恐ろしいことだと理解していることだ。
5) 世界経済は悪化しており、インフレとそれに対抗するための金融引き締め政策は、中国の輸出と中国の資本流入に不利である。
6) このように、大きな統制と大きなリスクという環境は、あらゆる分野の意思決定者に悪いと思われるような意思決定をするよりも、意思決定をしないことに傾倒させることになる。これは、成長と改善にとってマイナスである。人々は卵の殻の上を歩いているようなもので、政治や民間企業の意思決定は非常に難しくなっている。
7) 人口動態は、中国において群を抜いて大きな財政・経済問題であり、他の国以上に中国の成長を妨げている。またそれは、中国では子供が年老いた親の面倒を見るという文化が染み付いているからでもある。医療や年金制度が十分でないため、40代、50代に大きな経済的、時間的負担がかかっている。
8)中国文明の数千年を通じてそうであったように、干ばつ、洪水、パンデミックなどの自然現象は大きな懸念材料である。私が王朝の盛衰を研究する中で学んだことのひとつに、洪水や干ばつが何よりも多くの王朝を崩壊させたということがある。気象や気候の問題は水面下の問題であるが、今やより大きな課題となっているように思える。
これが、私が考える中国の主な課題だ。いずれにせよ、中国経済の波乱は世界経済の波乱につながっていく・・。
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ブログ『石原順の日々の泡』
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