「マーケットの最前線」
2021年2月 1日第265回「ネット掲示板の個人投資家が仕掛ける反ウォール街相場」石原順
石原順
危険な賭博場と化した株式市場
無料証券取引アプリのロビンフッドや米インターネット証券のインタラクティブ・ブローカーズなどは、個人投資家の投機的な売買で急騰していたゲームストップ(GME)を含む8銘柄の取引を制限すると発表した。個人投資家がSNSを使い、ゲームストップなど空売りが膨らんでいる低位株を束になって買い上げ、それを空売りしていたヘッジファンドが大きな損失を抱える事態が起きていた。
すでに空売りファンドのメルビン・キャピタルとシトロン・キャピタルは、ゲームストップの空売りポジションを解消したことを明らかにしている。ゲームストップはゲームソフト販売店をチェーン展開している。ゲーム市場の主役がオンラインゲームに移る中、苦しい経営を迫られていた。そこに新型コロナウイルスが重なった。店舗への客足がさらに減るであろうと踏んだウォール街のプロたちは、ゲームストップの株価下落を見込んでゲームストップ株を空売りしてきた。
●ゲームストップ(日足)順張りの標準偏差ボラティリティトレードモデル
ゲームストップ株のオプションの750%のボラティリティは、期間の395ポイントの1標準偏差の動き(上下)を暗示GameStopが760に達するか、すぐにゼロに近づく可能性が66%あったことを意味する。
●ニュースやソーシャルメディアでテスラを抜いてバズワードのトップ(2021年1月26日時点)
出所:MarketPsych Data
ハフィントンポストの記事「ゲーム店の株価上昇でウォール・ストリートが大損失。仕掛けたのはネット掲示板の個人投資家たち」によると、この個人投資家とウォール・ストリートのエリート層の争いを、海外メディアはダビデとゴリアテの戦い」が勃発と表現した。巨漢の兵士ゴリアテに立ち向かった少年ダビデは投稿サイトに集まった個人投資家で、ゴリアテは裕福なウォール・ストリートの投資家たちのことを指している。
ヘッジファンドに買い向かった個人投資家が利益を上げ、それを元手に奨学金ローンを返済したとの噂も広がるなど、今回の「対決」をウォール・ストリートのエリート層に対する個人投資家たちのリベンジとする向きもある。しかし、事態はそれだけでは終わらない。ヘッジファンドの破たんがドミノ倒しのように続けば、相場がそれをきっかけに一気に逆回転を始め、マーケットに壊滅的な被害を及ぼす可能性がある。
ゼロヘッジの記事「Is This The Next Big Hedge Fund To Blow Up... And What Happens Next(これが次に爆発する大規模なヘッジファンドか... 次に何が起こるのか)」によると、メルビン・キャピタルは昨年9月末時点で、今回のゲームストップやベッド・バス・アンド・ビヨンドなどのプットポジションを保有していたことが明らかになっている。どのような市場においても爆発的なショート・スクイーズが発生する可能性はあるが、とりわけこれらのように流動性の低い市場では価格がより暴力的な動きをしがちになる。
●2020年9月末時点のメルビン・キャピタルのプットポジション
出所:ゼロヘッジ市場では次のメルビン・キャピタルがどこになるかの話で持ちきりだ。ブルームバーグは、ゲームストップ株のショートが裏目に出てヘッジファンドのメープルレーン・キャピタルが、26日までの時点で約33%の損失を出したことが複数の投資家の話で分かったと報じている。運用資産35億ドル(約3650億円)のメープルレーンはここ数週間、ポートフォリオを大幅に見直し、リスクを調整、こうした見直しはさらなる損失への備えに役立っており、流動性や証拠金の問題はないとしている。
メープルレーン・キャピタルは、2010年に設立された33億ドルのニューヨークを拠点とするヘッジファンドで、オプション取引を利用し短期的なアプローチを積極的に展開するファンドである。同様に9月末時点のポジションを見てみると、ゲームストップの他、アメリカン航空、ビヨンド・ミート、さらにはシェイクシャックなどのプットポジションを保有している。
●2020年9月末時点のメープルレーン・キャピタルのプットポジション
出所:ゼロヘッジ掲示板を使った個人投資家の集団売買が、政治家まで巻き込んだ大騒動となっているが、新規個人投資家の参入が増え、株式市場が射幸心に支配されると、相場のノイズとボラティリティは増大する。流動性のない株に買いや売りが瞬時に殺到すれば大きく動くのは、相場のイロハである。
投資をする前に、以下の2つの質問の答えを知っておく必要がある。
1 自分の考えが正しければ、どのくらいの価格で売るか、利益を取るか?
2 間違っていたらどこで売るのか?
「希望」と「欲」は投資のプロセスではない。
個人投資家が株式取引に広く参加できるような環境が整えられてきたことは、株式取引の「民主化」をもたらしたとも言えるだろう。しかし、結果、巨額の財政金融緩和を背景に狂乱の投資ブームが引き起こされ、そのひずみが広がり世界の金融システムを危うくするリスクが高まっている。溢れる緩和マネーはいったん暴れ出すと止めることが難しい。1998年に経営破たんしたヘッジファンドLTCMを想起させるとの指摘もある。今後どれだけのヘッジファンド破たんを申し立てることになるのか注視が必要だ。「いつの時代にも、その時代ならではの愚行が見られる。それは陰謀や策略、あるいは途方もない空想となり、利欲、刺激を求める気持ち、単に他人と同じことをしていたいという気持ちのいずれかが、さらにそれに拍車を掛ける」(『狂気とバブル』 チャールズ・マッケイ)
相場の過熱感が高まる中、インサイダーは確実に株を売っている
VIX指数が足元で30台まで高まってきている。昨年3月に60台まで上昇し、以降、20を下回ることなく推移してきた。VIXはプットとコールの両方の価格を使って計算されるため、コール価格が急上昇すると、インデックスを押し上げることになる。今回のVIXの上昇は、個人投資家たちによってもたらされたコール需要によるものであることが指摘されている。
以下はVIXを逆メモリにしてS&P500指数と重ねて表示したものである。今月中旬以降、かい離が大きくなっている。
●VIX逆メモリ(赤)とS&P500(緑)
出所:ゼロヘッジ
市場の過熱については大手証券会社からも警告が相次ぐようになってきた。行き過ぎた投機の動きを指摘するものがほとんどである。ゲームストップの例にもあるように低位株が急上昇したり、SPACへの投資ブームがあったり、EV・ソーラーといったクリーンエネルギー関連に資金が集中するなど、例えには事欠かない。バンク・オブ・アメリカの最新の調査によると、通常よりも高リスクの投資をしていると考える投資家の数は記録的な水準に増加した。
●最近の投資におけるリスク許容度
出所:ゼロヘッジ
しかし、現在はリスクを果敢に取りにいく場面では決してない。先週のレポートでもご紹介したように、2021年がスタートしたわずか最初の2週間で、企業のインサイダーと言われる人々が3億ドルに及ぶ自社株を売却していた。昨年3月、株式市場が暴落する前にもCEOと言われる人々が多額の自社株を売却していたが、今回はその水準をさらに5割近く上回っている。
●インサーダーはこれまでになく弱気
出所:SentimenTrader
インサーダーによる自社株売買の割合を示したものによると、ネットで買いの割合は10%程度まで低下しており、これまでにない水準にまで落ち込んでいる。株式市場のバブルは長く続き、想像以上に市場を拡大する可能性があるが、インサイダーたちが株式を売却している意味を理解すべきであろう。相場は「ファーストイン・ファーストアウト」が鉄則である。最後まで相場に付き合っていてはいけない。相場は常にバブルとその崩壊を繰り返している。それでも儲けたいという欲望から、投資家は最後まで相場と付き合ってしまうことになる。幸運を手にするには彼ら企業CEOのように人よりも先に相場から降りることである。
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
https://ishiharajun.wpcomstaging.com/
を参照されたい。