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2026年6月15日
ファンドマネージャー 石原 順
量子コンピューティングは誇大広告(テクノロジー・ハイプ)か?
量子コンピューティングは、AI(人工知能)に続く次世代のコンピューティングの革命的な技術として注目されている。「量子」はあらゆる物理的性質の最小単位だ。量子コンピューティングを理解するには、まず「ビット(データの最小単位)」とは何かを理解する必要があろう。スマートフォンや机の上のノートパソコンなど、あらゆる古典的コンピュータはビットを使って動作する。
ビットは情報の基本単位であり、「0」か「1」のどちらかの性質を持つ。例えば、メールを送信するとき、映画やドラマをストリーミング視聴するとき、オンラインゲームをプレイするとき、何十億もの0と1の「オン」「オフ」の切り替えによって成り立っている。技術革新によってこれらのビット演算(バイナリ演算)の性能は最適化されてきた。ところが、この道をさらに突きつめていくことは困難になりつつある。
ビット演算の性能向上を支えてきたのが「ムーアの法則」である。微細化技術の革新に伴い、半導体チップ上のトランジスタ数は約2年ごとに倍増するという進化を続けてきた。ムーアの法則とともに現代のコンピューティングの性能は進み、計算能力の指数関数的向上がより低コストで実現されてきた。
一方、ムーアの法則が限界を迎えつつあることも明らかになっている。現在、ナノ(10億分の1)メートル単位での微細化が進んでいるが、これが物理的な限界に達しつつある。半導体チップの微細化を実現させるために多くの技術革新がもたらされているが、物理法則によって定められた限界を克服することは困難であると同時にコスト増大にも繋がっている。
量子コンピューティングは、従来のコンピュータで使用されるバイナリビットとは根本的に異なるアプローチを採用している。ビットの代わりに、量子ビット(キュービット)を使用する。ビットは0か1のどちらかしか存在しないのに対し、量子ビットは0と1の両方の状態をとることができるだけでなく、「重ね合わせ」や「量子もつれ」といった特徴も持っている。
違いをよりよく理解するために、迷路を解くという課題を考えてみよう。従来のコンピュータは、まず1つの経路を試してみて、失敗した場合は2番目、3番目、4番目と試していき、最終的に正しい経路を見つけ出す。一方、量子コンピュータは考えられるすべての経路を同時に探索するため、はるかに速く正しい経路を見つけることが可能となる。
ただ、課題がある。従来のビット、つまり0と1は、例えば、Wi-Fi信号のように、室温や振動に関係なく効率的に動作する。しかし、量子ビットは非常に壊れやすく、外部環境から隔離する必要がある。わずかな温度変化や振動といった些細なことであっても、周囲環境との接触があると、量子ビットは古典的なビットのように振る舞い、量子の特性を失ってしまう。
そのため、量子プロセッサは絶対零度に近い温度、およそ華氏マイナス460度まで冷却される。これらの障害を克服するため、量子ビットは外部からの干渉から保護されている。しかし、こうした高価な制御環境下においても、量子ビットは古典コンピューティングでは許容できないほどのエラー率を生じる可能性がある。
量子ビットの構築における課題は相反する2つの要求にある。重ね合わせと量子もつれを維持するためには、量子ビットを環境から隔離する必要がある。しかし同時に、実用的なコンピュータとして必要とされる数百万個もの量子ビットを構築、制御、拡張できるほど実用的でなければならない。量子ビットを構築する最適な方法はまだ解明されておらず、そのため科学者たちは様々な段階の多様な量子ビットの開発に取り組んでいる。
「Quantum Advantage(先行企業が量子の恩恵を受ける時代)」に備えよ
米ハネウェル(HON)傘下の量子コンピューティング会社クオンティニュアム(QNT)が4日、米ナスダック市場に上場した。初値は新規株式公開(IPO)価格の60ドルを約13%上回る68ドル、時価総額は176億3000万ドルと、今年に入って伝統的なIPOを実施した初の量子コンピューティング企業となった。
クオンティニュアムは2021年にハネウェルの量子コンピューティング部門と量子スタートアップのケンブリッジ・クオンタムが合併して誕生した企業だ。ロイターの5日の記事「量子コンピューティングの米クオンティニュアム、上場で時価総額176億ドル」によると、クオンティニュアムのラジ・ハズラCEO(最高経営責任者)は「量子(コンピューティング)は数年先のものではない」とし、「商用化は小規模ではあるが活力を伴って始まっている」と述べた。
一方でクオンティニュアムの2025年通期の売上高は3090万ドル、最終損益は2億ドル弱の赤字だった。また、クオンティニュアムの売上高は特定の顧客に大きく集中しており、2025年の売上高の約60%が日本の理化学研究所からの収入だったという。量子コンピューティング業界が政府や研究機関の支出に依存する構図が鮮明となったと、記事は指摘している。
昨年には、理化学研究所がIBMの超電導型量子コンピュータと理研のスパコン「富岳」を組み合わせ、スパコンだけでは計算が難しかった化合物の性質を明らかにしたと発表した。スパコンとの連携によって新たな成果が出始めており、まだまだ先だと思われていた実用化に向けたカウントダウンが始まっているようだ。
●IBM(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
出所:トレーディングビュー・石原順インディケーター
●IBMの売上高と最終損益の推移
出所:決算資料より筆者作成
IBMは1970年代から量子コンピューティングの研究に積極的に取り組み、2016年にはクラウド上で利用可能な初の量子コンピュータであるIBM Quantum Platformを発表した。こうした長年の取り組みとこれまでの成果が積み重なっていることにより、IBMは競合他社に対して知識とインフラ面で優位性を確立している。
IBMと米国商務省は、CHIPS法に基づく最大10億ドルの支援を受け、ニューヨーク州に米国初となる量子専用ファウンドリーを設立すると発表した。量子ウエハー製造に特化した新会社「Anderon」を設立する。この計画は、量子コンピューティング分野のサプライチェーンを強化するための政府によるイニシアチブ(9社の量子コンピューティング企業に総額20億ドルを支援)の一環である。
Anderonは、IBMから知的財産、製造設備、高度人材の提供を受けるほか、将来的には他の投資家を募る見通しだ。量子コンピュータを開発する複数のハードウェアベンダー向けに、安全な米国内製造基盤を提供する計画だ。
量子コンピューティングのハードウェア開発を進めているのはクオンティニュアムやIBMだけではない。グーグル(GOOGL)、アリババ(BABA)、マイクロソフト(MSFT)といった大手ハイテク企業も研究開発に取り組んでいる。また、IonQ(IONQ)、D-Wave(QBTS)、Rigetti(RGTI)など量子コンピューティングに特化したスタートアップ企業も上場している。
●IonQ(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
●D-Wave(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
●Rigetti(日足)(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
多くの人が今のコンピュータを大きく上回る性能を商業利用で安定して出せる量子コンピュータの実現には、まだ少なくとも10年かかるとみている。この長い開発期間を支えやすいのは、事業の柱が複数ある企業(IBM、Alphabet、Microsoft)や、D-Waveのように当面は特定分野の需要を取り込める企業だ。
開発が長引くと、お金の負担も大きくなる。しかも、どの方式やどの会社が最後に勝つのかは、まだわからない。そう考えると、投資先を分けるやり方が役立つ。いくつかの会社に分けて投資すれば、安定しやすくなり、当たる可能性も高まる。もう一つ大事なのは、あせらないことだ。量子コンピュータの会社、特に小さな会社は、成長するまでに何度も苦しい時期を迎えるかもしれない。
量子コンピュータは現在、「Quantum Readiness(来るべき量子の時代に備えよう)」の最終段階にある。数年後、実用性のある量子コンピュータが開発された時に、備えをしてきた企業や国家だけが「Quantum Advantage(先行企業が量子の恩恵を受ける時代)」を享受することができるだろう。
メガトレンドフォローVer2.0の売買シグナル(赤:買いトレンド・黄:売りトレンド)
●SOX指数CFD(日足)
●日経平均CFD(日足)
●TOPIXCFD(日足)
●NYダウCFD(日足)
●S&P500CFD(日足)
●ナスダック100CFD(日足)
●ドル/円(日足)
●ゴールドCFD(日足)
日々の相場動向については、
ブログ『石原順の日々の泡』
を参照されたい。
石原順 プロフィール1987年より株式・債券・CB・ワラント等の金融商品のディーリング業務に従事、1994年よりファンド・オブ・ファンズのスキームで海外のヘッジファンドの運用に携わる。為替市場のトレンドの美しさに魅了され、日本において為替取引がまだヘッジ取引しか認められなかった時代からシカゴのIMM通貨先物市場に参入し活躍する。相場の周期および変動率を利用した独自のトレンド分析や海外情報ネットワークには定評がある。現在は数社の海外ファンドの運用を担当する現役ファンドマネージャーとして活躍中。